塩は活力の源
何かと悪者にされがちな塩ですが、実際は人間に欠かせない栄養素の一つであり、歴史的には極めて重要な資源でした。
塩は、神経伝達、筋肉収縮、血圧維持などを正常に行うために必要であり、不足するとこれらに支障が生じます。
頭痛、吐き気、疲労、倦怠感、低血圧、酷くすると痙攣(けいれん)や意識障害まで起こします。
これらは低ナトリウム血症と言われる危険な症状です。

過剰でもよくないのですが、現代は必要以上に減塩が推奨されていますので、慢性的に不足している人が一定数います。
そして、その原因が過度な減塩であることを認識していないことが多々あります。
私が好きな作家、北方謙三氏の小説には、「疲労困憊(こんぱい)していても、塩を舐めればまだ戦える」という表現がたまに出てきます。
それだけ、人間にとって塩は活力の源であり、欠いてはならないものでした。
海塩と岩塩
塩の供給源として、最も大規模かつ安定しているのは海です。
海がある国では、海水を天日乾燥させることで、継続的に海塩を生産できました。
海塩には塩化ナトリウムのほか、マグネシウム、カリウム、カルシウム、硫酸塩など多様なミネラルが含まれており、人間が健康的に活動するために欠かせないものでした。
一方、海がない内陸の国は海塩が取れません。こうした国は、岩塩に頼らざるを得ませんでした。

岩塩は、古代の海に地層が重なり、地中において結晶化したものです。
その点で言えば、ルーツは海塩なのですが、長い年月をかけて結晶化する過程で、不純物が減って塩化ナトリウムの比率が増えます。
ヒマラヤ岩塩やピンクソルト、ブラックソルトのように、鉄分などのミネラルを含む種類もありますが、岩塩一般の塩化ナトリウム濃度は、食用に限れば95~99%と非常に高くなります。
天然の塩でありながら、この点においては、塩化ナトリウム濃度が99%以上である精製塩に近づきます。
一方、海塩の塩化ナトリウム濃度は、製法によってかなり差がありますが、70~98%と言われています。
特に、塩化ナトリウム以外のミネラルを多く残すように配慮された海塩は、同じ塩でありながら、岩塩や精製塩とは大きく組成が異なります。
味的には、岩塩が鋭い塩味を感じるのに対して、海塩はまろやかさや苦味などを感じやすくなります。

内陸に位置する国にとって、岩塩は非常に重要な資源でしたが、その分布は海と違って均一ではありません。
岩塩に乏しい内陸地域は、どのようにして人体に不可欠の塩を手に入れていたのでしょうか?
海塩と岩塩以外の塩の供給源、それも各国に広く当てはまる身近な存在。身近すぎて逆に盲点ですが、第三の供給源は「他の動物」でした。
人間に限らず、ほぼすべての動物にとって、塩は生理活動に欠かせません。
草食動物は岩塩、塩場、土、ミネラル泉などを舐めに行きます。肉食動物は、他の動物を食べることで体内の塩を奪います。
そして、内陸にある国の人間も、食糧と塩を求めて動物を屠殺し、これを食べていました。
その流れで「家畜」という文化が発達し、同時に乳製品の文化が育ちます。
この家畜という概念が、地続きの大陸に多民族が入り乱れる状況と相まって、奴隷という慣習を生む下地の一つになりますが、それについては別の機会に触れましょう。
外国との貿易が発達する前は、限られた塩という重要資源を奪い合って、生物間で循環させていたのです。

こうした歴史的な経緯に照らすと、海洋民族である日本人には、既にこの時点で「海塩の方が合っているのではないか」という気がしてくるのではないでしょうか。
日本人に岩塩が普及したのは、長い目で見ればつい最近のことです。
日本人から見た場合、意地悪な言い方をすれば、歴史を無視したファッション塩なのです。
軟水と硬水
次は、水という観点から塩を見ていきましょう。
日本は軟水であり、外国の多くは硬水であると言われます。
水の硬度は、主にカルシウムとマグネシウムで決まります。軟水はこれらの含有量が少なく、硬水は多いということになります。
日本は火山地形で河川が短く、ミネラルが溶け込む時間が短いため、軟水が多くなります。
一方の外国、たとえば欧州などは石灰岩地帯が多いので、ミネラルが溶け込んで硬水が多くなります。
日本は長らく、ミネラルが少ない軟水と、ミネラルが多い海塩を組み合わせてきました。
これに魚介類、海藻などの海産物を合わせて、日本人の食文化を形成してきました。
和食の世界では有名な話ですが、硬水は鰹だしや昆布だしの抽出に不利だと言われています。
軟水の方が、これらの旨味を抽出するのに適しているため、「軟水+海塩+だし」という食文化が発達しました。
日本人は長年にわたり、この組み合わせの食文化を続けてきたので、良くも悪くも体がそれに適応しています。

同じ人間ではないかと思うかもしれませんが、すべての民族は、その民族が歴史的に食べてきた食物に影響を受けて、体を進化(適応)させています。
有名なのは腸の長さで、肉食文化の欧米人と、穀物を主食にしてきた日本人は、腸の長さが違うと言われます。
2倍以上も違うとする説もありますが、その程度はともかく、長さに差が出るのは確かです。
肉は腐敗しやすく、早く排泄する必要があるため、それに合わせて腸が短くなります。栄養の吸収効率がよいため、長く発酵する必要がないという面もあります。
これに対して、穀物や野菜は、繊維質や難消化性の成分が多く、消化に時間がかかるため、それに合わせて腸が長くなります。
食性と腸の長さが関係することは、人間に限らず、動物全体でよく見られる傾向です。
当然のことながら、腸内細菌の組成にも大きな違いが生じます。同じと考える方がおかしいです。
腸ほどではないにしても、日本人の体が「軟水+海塩+だし」の食文化に適応して、それと親和性が高い方向に進化(適応)したと考えるのは、民俗的・歴史的には自然な発想でしょう。

一方の外国、特に内陸国の多くは、ミネラルが多い硬水と、ミネラルが少ない岩塩を組み合わせてきました。
そして、軟水が和食によく合うのと同じく、硬水は肉食や乳製品によく合います。
肉料理は塩味が鋭い方が旨味を感じやすいですし、チーズは硬水の方が美味しく仕上がるというのは有名な話です。
その流れで考えれば、燻製、熟成肉、ソーセージなども、おそらく岩塩で食べた方が美味しいのでしょう。
体は歴史が作る
日本人だから海塩が絶対、あるいは岩塩は体に悪い、とまでは言えません。
しかし、人間(というか動物)の体が、食性と強く関係することは確かであり、その民族が歴史的に食べてきた食物と、つい最近になって輸入し始めた食物は、しっかり区別しておく必要があります。
ここを無視した食生活を長く続けると、(本人にとっては)原因不明の慢性的な体調不良に悩むことになります。
食生活の乱れが体調不良として現れるまでは年月があり、その因果関係に対する認識も、人によってはほとんどないため、放置されてだらだらと続くことがあります。
厄介なことに、現代医学や医師の多くも、こうした観点にあまり関心がないばかりか、酷い場合はデマ扱いすることさえあり、社会的なストッパーとして十分機能していません。
多様な価値観があるという前提ですが、日本人の食事は「体のために和食をベースとし、幸せのためにそれ以外の美食を楽しむ」という態度が、最も現実的なのではないでしょうか。
その比率が7対3なのか、8対2なのかは個人差があるとして、少なくとも主と従を逆転させない意識が重要です。
そして、話を塩に戻すと、「体のために海塩をベースとして、幸せのために岩塩を楽しむ」という結論が、妥当なのではないかと思います。
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