白痴の蜘蛛、ロマ
Bloodborneには様々なボスが登場しますが、その中でとりわけ重要な意味を持つボスがいます。
それは白痴の蜘蛛、ロマです。
子グモを呼んでいたイメージしかないかもしれませんが、ロマ討伐の前と後で、Bloodborneの世界は一変します。
どのように変わるのでしょうか。そして、その理由は何なのでしょうか。
先に比較表を掲載した後、段階を踏んで説明していきます。

ロマは認知フィルタだった
ロマには、非常に重要な役目がありました。それは「世界の真実を隠すこと」です。
つまり、ロマが生きている間は、主人公とヤーナムの人々は、世界の本当の姿を見ることができません。
これはロマが、真実にフィルタをかけているとも言えるし、人々に幻覚を見せているとも言えます。

ロマが真実を隠す、または幻覚を見せることで、人々は「普通の世界」で暮らすことができます。つまり、ゲーム前半の世界です。
「獣が跋扈するゴシックホラーな世界の、一体どこが普通なんだ!」と思うかもしれませんが、実はそれより過酷な世界が、ロマによって隠されているのです。
そのお陰で人々は、獣に怯えながらも、なんとか正気を保って暮らしています。
ロマの認知フィルタによって、ヤーナムの人々が精神崩壊して、発狂してしまうのを食い止めているわけです。
しかし、主人公がロマを討伐することで、この認知フィルタが剥がされて、人々は真実を見せられることになります。
ヤーナムの空には赤い月が現れ、今まで「そこに居た」けれど見えなかった存在が見えてしまい、そして上位者が人間への干渉を強めます。
特別な血を持つ女性が、上位者によって妊娠させられたりします。
オドン教会に避難した住民も、家に閉じこもっていた住民も、皆一様に発狂し始めますが、それはロマが討伐されたことで、認知フィルタの保護が消えたからです。
クトゥルフ神話
多くの方は、「真実の世界が見えると、なぜ発狂するんだ?」と思うことでしょう。
Bloodborneは、様々な歴史的事実や、作家による創作の影響を受けています。
たとえば、英国ヴィクトリア朝・ゴシック建築・中世の教会権力・魔女狩り・グノーシス主義・アヘン中毒などですが、このあたりは語り始めると切りがないので割愛します。
ロマとの関係でご紹介したいのは、作家ラヴクラフトが創作した「クトゥルフ神話」です。
Bloodborneがクトゥルフ神話の影響を受けていることは、製作者である宮崎氏本人が認めています。
ラヴクラフトは、その著作の中で「コズミックホラー/宇宙的恐怖」という概念を唱えました。
これは「人間は世界の中心でも、特別な存在でもなく、理解不能で巨大な存在の前では無力である」という恐怖です。
異形の怪物に襲われるという、分かりやすいホラーとは異なります。
真実を知ってしまった結果、自分が信じていた人間中心の世界観が崩れて、精神が破壊されるという恐怖です。
通常のホラーは、獣・吸血鬼・悪魔など、人間の理解が及ぶ「悪」が存在します。
善悪の二項対立が鮮明であり、ヒーローの登場と勧善懲悪によって問題が解決します。
Bloodborneの前半、ロマを討伐する前の世界は、まさにこれでした。獣を敵とするゴシックホラーの世界です。
ただし、Bloodborneの場合は、獣を倒す狩人もやがて獣化するという、救いのないループ構造になっていますが。
コズミックホラー

これに対して、ロマを討伐した後の後半は、コズミックホラーの世界に一変します。ロマは世界の分岐点なのです。
そこでは上位者という、人間を遥かに超越した、理解の及ばない存在が活動します。
上位者は、獣のような分かりやすい「悪」ではありません。詳しくは別記しますが、彼らの行動原理は「赤子を得ること」です。
赤子を得るために動くのであり、そこには人間から見た善悪が通用しません。人間中心の価値観を超えています。
たとえば、ゾウが歩いた結果、アリが踏みつぶされたとしても、ゾウに悪意はありませんし、そもそも踏んだことを自覚していないでしょう。
アリから見た場合、ゾウの近くで暮らすことは恐怖そのものです。
同じように、ゾウに当たる上位者が、赤子を得るために活動した結果、アリに当たる人間は簡単に死んだりします。
人間が中心だった世界に、上位者という理解できない、遥かに人を超えた存在が現れた時、人間はその真実を直視できずに精神崩壊するというわけです。
上位者にとって、人間は別に敵ではありません。取るに足らない存在です。そこに悪意や敵意はなく、気まぐれ・無自覚・無関心で人間を〇したりします。
そんな存在と同じ世界に暮らすことは、通常の精神では耐えられないのでしょう。
そして、話をロマに戻しますと、ロマは人間に認知フィルタをかけていました。
つまり、ゾウのいない(見えない)世界を作ることで、アリが正気を保って暮らせるようにしていました。
そこでは、上位者がうっかり人間を〇しても、事故や神隠しと認識されます。上位者という概念自体がないからです。
赤い月とアメンドーズ

ロマの認知フィルタが外れたことで、世界が一変したことを示す象徴が二つあります。
一つ目は、空に浮かぶ赤い月。
二つ目は、ヤーナムの各地で高所に張り付いている上位者アメンドーズです。
アメンドーズたちは、後から「やって来た」のではありません。
それらは「最初からそこに居た」のです。ただ、人々の啓蒙が低いために、その存在が見えなかったに過ぎません。
突如として、アメンドーズを視認できるようになったことは、赤い月以上の衝撃を民衆に与えたことでしょう。
隠し街ヤハグルの実像
そしてもう一つ、真実が露わになる場所があります。
それは「隠し街ヤハグル」です。
ロマの認知フィルタが外れた結果、メンシス学派の儀式によって、全滅したヤハグルの実像が見えるようになります。
聖堂街とヤハグルを仕切る大門と、ヤハグル内で最奥に続く大門も、ロマを討伐することで開きます。
そこに居るのは、死体を継ぎ接ぎした異形の怪物と、鐘によって召喚される死者たちです。
それまでは無数の死体と、それを漁る豚、犬しか見えませんでした。この時点でも十分にホラーではありますが。
なお、人さらいが袋に入れて誘拐した人間は、ほぼ生贄にされたと思われます。主人公と尼僧アデーラ以外に、無事に逃亡できた人はいるのでしょうか。
真実を知ることは、必ずしも良いことではない
ラヴクラフトが生きた20世紀初頭は、科学が急速に発達した時代でした。
それは当時の人々、特に一神教を信じる人にとっては、今まで信じていた常識が、次々と否定されていく時代でもありました。
神が創造した世界において、神に選ばれた人間は特別である。神を敬虔に信仰することで、両者の善き関係は今後も続いていく。
過去の一神教が描いてきた、こうした人間中心の世界観が崩れていく中、ラヴクラフトは「真実を知ることは、必ずしも良いことではない」と考えるに至ったようです。
そして、「あなたが信じていた世界そのものが、実は間違っていたのだ」という趣旨の作品を執筆するようになります。
自分たちが「本当はアリに過ぎない、中心でも何でもない」という真実を知ってしまった落胆と恐怖です。
科学を理解できる人なら、世界観を修正して対応できるのでしょう。
しかし、そうした知能がない人は、ただ信じていた世界を壊されて、精神の拠り所がなくなります。啓蒙のない人にとって、真実は毒になるのです。
啓蒙
真実を知ることは、必ずしも良いことではないという視点は、ゲーム中の「啓蒙」値にも表れています。
面白いことに、啓蒙の恩恵を感じるのは、0が1になった時くらいです。
1になれば、「狩人の夢」にいる人形が動き出して、レベルアップができるようになります。

しかし、それ以外は大した恩恵を感じません。逆に15を超えてしまうと、獣性や発狂耐性が落ちたりします。
特に、発狂攻撃が増えるゲーム後半において、これはデメリットでしかありません。
啓蒙を高くするメリットは、見えない存在が見えるようになること程度です。
ですから、世界観をより楽しみたい場合は、啓蒙を高くして真実を知ればよいのですが、プレイを快適にしたい場合は、啓蒙はあえて10前後に下げた方がよいことになります。
こういう扱いは、ゲーム作品としては非常に特殊である一方、Bloodborneの世界をよく表していると言えます。
つづく。
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