マイケル・ジャクソン 悲しい誤解 (3) 子供時代に憧れた大人 事故 虐待 不眠症

マイケル (3) ブログ

頭部に重い火傷を負う

 マイケルは不運なことに、仕事中に2回もの大きな事故に遭っています。

 1回目の事故は1984年、ペプシ社のCMを撮影している時でした。

 舞台演出用の花火が、予定より早く爆発して、マイケルの髪に燃え移り、頭部が炎上してしまったのです。

 撮影スタッフが急いで消火したものの、頭皮に二度~三度の重い熱傷(火傷)を負いました。

 熱傷の重症度は三段階に分かれます。一度は表皮の損傷、二度は真皮の損傷、三度は皮下組織の損傷です。

 三度まで至った熱傷は、自然回復が難しいと言われ、多くの場合で手術が必要になります。

 マイケルも植皮手術・形成外科手術を受けましたが、後遺症が残ってしまいました。

 頭皮は神経が非常に多い部位です。火傷が治っても、神経痛や疼痛が長く続くことがあります。

 マイケルはこの事故以来、慢性的な痛みを訴えるようになりました。

 後年の彼は、様々な事情から薬物依存に陥って苦しみますが、鎮痛剤・鎮静剤を使い始めたのは、この事故がきっかけだったと言われます。

 なお、マイケルはペプシ社と争うことはせず、受け取った和解金はすべて病院に寄付しました。

可動ステージが高所から落ちる

 2回目の事故は1999年、慈善コンサート(Michael Jackson & Friends)のステージ公演中でした。

 マイケルが乗っていた演出用の可動ステージが、10mを超す高度まで上がった後、不具合で落下してしまったのです。

 これは例えるなら、エレベーターに乗った状態で、10m以上高いところから落ちるようなものです。

 自由落下ではなく、一定の摩擦や抵抗はあったようですが、それにしても大事故です。

 マイケルのプロ根性は凄まじく、なんとその後もステージをやり切りますが、閉幕直後に倒れて救急搬送されました。

 この時の衝撃で、背骨や腰を傷めたと言われています。

 これらの事故に加えて、激しいダンスを続けながら、2時間近くライブをするため、ツアー中の身体負担は過酷なものでした。

 完璧主義のマイケルは、リハーサルでも全力で踊るため、体を痛めたり、古傷が疼くことが多かったと言います。

 こうした慢性的な痛みに、深刻なストレスなどが重なって、マイケルは徐々に鎮痛・鎮静の薬物に依存していくようになります。

睡眠のために麻酔薬?

 晩年のマイケルは、重度の不眠症に悩むことになりました。

 事故に起因する慢性的な痛み、過酷なワールドツアーと時差、激しいダンスによる身体負荷、不当訴訟やゴシップによる強いストレスなど、諸々の事情が重なって、薬剤なしではほぼ眠れない状態に陥ります。

 マイケルに近しい人は、彼が何日もまともに眠れていないことを、非常に懸念していました。

 周囲の証言には、内容にややバラつきがあるものの、「極めて深刻な不眠状態だった」という点では一致しています。

 こうした状況にあって、彼の担当医であるコンラッド・マレー医師は、本来は手術などに使用する麻酔薬「プロポフォール」を、睡眠薬代わりに投与していました。

 睡眠薬が効かないほど重度だったのでしょうが、それにしても睡眠目的で麻酔薬を常用するなど、普通だったらあり得ません。

 これでは睡眠というより、意識消失や機能停止になってしまいます。

 こんな異常が続いた結果、プロポフォールの投与中に呼吸と心臓が止まり、マイケルは50歳で亡くなることになりました。2009年6月のことでした。

 後年、マレー医師は業務上過失致死に相当する罪で、有罪判決を受けています。

 心停止を発見した後も、すぐに救急車を呼ぶことなく、薬物の隠蔽を優先したと検察に指摘されています。

なぜ子供に愛情を注いだのか

自分のことはどうでもいい。自分の命はもう、どうでもいいんだ。僕にとって大事なのは子供たちだけ。僕の天使たち。

 マイケルは元々、繊細な声色をしていますが、衰弱した時にこう語った声は、胸が締め付けられるように感じてしまいました。

 人間、苦しい時には本音や本性が表れます。息も絶え絶えで、弱々しく述べたこのセリフが、偽りだとは私にはとても思えません。

 マイケルはなぜ、ここまで子供たちに愛情を注いだのでしょうか。

子供時代がなかった

 彼は9人兄弟の5男であり、両親をあわせて11人の大家族でした。

 ジャクソン家が住むインディアナ州ゲイリーは、一時は鉄鋼業で栄えましたが、マイケルが子供の頃は不景気で寂れてきます。

 そこで父ジョセフは、子供たちに音楽を仕込んで、音楽ビジネスで貧困を脱しようと考えました。

俺のことはパパではなく、マネージャーと呼べ。

 ジョセフはそう言って、子供たちを厳しく指導します。放課後すぐにレッスンを始め、夜遅くまで反復練習させました。

 音程を外したり、ダンスをミスした時は、ベルト・電気コード・枝などで、容赦なく打ったとされます。

 マイケルは「壁に投げつけられた」とも語っており、ジョセフを見るだけで吐いてしまうほど恐れていました。

 体罰というより虐待のレベルで、妻は「あなた、マイケルを〇す気なの?」と、泣いて抗議したと言われます。

 マイケルは7歳の頃から、ナイトクラブで歌っていました。小学生の年代から、ずっとショウビジネスの世界にいたのです。

 マイケルには、子供時代というものが、まるでありませんでした。

クリスマスもない。誕生日もない。他の子供たちが遊んでいるのを見て、僕は泣いていた。

 彼は後にこう述懐しています。この経験は、マイケルに「子供時代」を渇望させることになりました。

 彼は成功した後、ネバーランド・ランチという楽園を建設しますが、「僕はこの中に、子供の頃にできなかったことを集めたんだ」と語っています。

 そこには遊園地・動物園・映画館・鉄道・ゲームセンター・芝生・噴水などがありました。

 大人が住む豪邸ではなく、「子供の夢の国」を目指して造ったのです。彼は「子供時代」を取り戻して、友達と一緒に遊ぶことに憧れました。

大人に何度も裏切られた

子供たちに裏切られたり、騙されたりしたことはない。大人たちは何度も僕を失望させた。

 若くしてスターになったマイケルには、カネを求める汚い人間が群がりました。

 もし好きな音楽だけに専念できたなら、どれほど幸せだったことでしょう。しかし、一部の人間は彼を利用することばかり考えました。

 人間の欲や負の面を、繰り返し見せられたマイケルは、気軽に誰かと会うことを、次第に避けるようになっていきます。

 ビジネスの関係者は、マイケルが信頼する人を通じてのみ、意思疎通することができたと言われます。

 何度も裏切られて、苦しい思いをして、周囲が自〇を警戒するほど衰弱した彼は、子供の純真さや、悪意のなさに価値を感じたのかもしれません。

孤独だった

ステージの上が一番安心できる。ステージを降りると悲しかった。孤独で、悲しくて。

 マイケルは、成功した裏で深刻な孤独に苛まれていました。

 唯一、心を通わせることができたのは、一緒に音楽活動をしてきた兄弟でしたが、彼らともやがて溝が生まれていきます。

 マイケルが成功し過ぎたが故に、待遇や報酬に明確な差ができてしまったからです。

 また、周囲のマネージャーや弁護士らは、稼ぐ能力が最も高いマイケルを何より優先しました。

 それまで、大事なことは家族会議で決めてきましたが、途中からはマイケルありきの決定を、兄弟たちに知らせることなく行うようになります。

 ソロとして華々しく成功したことが、ジャクソン兄弟の結びつきを弱めてしまったのです。

 マイケルの人生を狂わせた不当訴訟も、ジョーディ少年との出会いがきっかけでした。

 強い孤独を感じていた彼は、普通の子供との関わりに、心の癒しを感じていたのです。

純粋な心を失わなかった

 彼の母親によれば、マイケルは10代の頃、夜中にテレビで世界の恵まれない子供たちの映像を見た時、目に涙を浮かべながら、「いつか僕はこの問題に立ち向かう」と話したとされます。

 マイケルはその時の心を失わず、子供たちを支援する活動を続けました。

 ヒール・ザ・ワールド財団を設立して、慈善事業に多額の寄付をしています。

 また、最も多くの慈善団体を支援したポップスターとして、ギネス世界記録にも認定されています。

 ある時、マイケルはスーパーマンの漫画を見て、泣いてしまったと言います。

彼は多くの人を助けたのに、最後は死んでしまう。すごく悲しいことだよ。

 彼は不思議なほどに、純粋な心を失いませんでした。

子供っぽさを大事にした

 マイケルは楽園ネバーランドに、重病・難病の子供、恵まれない家庭の子供などを、数多く招待しました。

 形式的に挨拶するだけではなく、一緒に遊んだり、列車に乗ったり、映画を見たり、食事をしたりすることが多かったと言います。

 ある関係者は、大人が子供の相手をするというより、子供の一員として遊んでいるような印象だったと語っています。

 多くの大人は、「子供っぽい」と言われることを嫌います。

 しかし、マイケルは逆でした。彼は「大人になると、人間は想像力を失ってしまう」という趣旨の発言を度々しています。

 遊園地・絵本・動物・玩具などを愛していることを、彼は隠しませんでした。

 マイケルは子供だけでなく、動物にも深い愛情を注いでいます。

 彼が飼っていたとされる、チンパンジーのバブルス君は有名ですが、それ以外にも多くの動物を飼育していました。

 単なる展示物ではなく、家族のように接していたという証言が、数多く残っています。

唯一にして本当のスター

・世界を熱狂させる、ショウビジネスのプロ。
・音楽の歴史を変えた圧倒的な才能。
・失った子供時代を、取り戻すことに憧れ続けた大人。
・どれほど裏切られても、純粋な心を失うことなく、子供や動物を愛した人。
・非常に繊細な理想主義者。

 誰をも納得させる実力。不思議なほどに綺麗な心。大人と子供が共存するような愛らしさ。搾取された悲劇的な人生。

 マイケルの音楽的な功績は絶大ですが、彼が一部のファンから熱狂的に愛される理由は、意外にも音楽以外にあるのかもしれません。

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