手段の差は価値観の表れ
拷問・処刑法の違いには、各国の価値観が表れています。
その民族は何を重んじたのか、その社会は何を守ろうとしたのか。
それぞれの価値観が、それぞれの拷問・処刑法に影響し、そして刑の残酷さが民族性に影響する、というループ構造になっている面があります。
欧米は罪の文化
文化人類学者のルース・ベネディクトは、「欧米は罪の文化、日本は恥の文化」と整理しました。この短いフレーズは、彼我の差をよく表しています。
欧米人は何か悪いこと(その社会の価値観に反すること)をした時、神や良心に対して罪を犯したと考える傾向があります。
一神教の世界において、罪人は「神の秩序を乱した」と認識されました。
そのため、「罪を償う」という発想になり、拷問・処刑法も「神の正義を実現する」という意味合いを持ちました。
公開処刑が頻繁に行われたのは、公衆の面前で正義の鉄槌を下すためです。
そこには、宗教的な意味に加えて、権力の誇示や威嚇としての見せしめ、退屈な日々を過ごす大衆の娯楽(敵が裁かれるというカタルシス)という面もありました。

また、中世ヨーロッパにおいて、主に異端者が「火刑」に処せられたのは、火に「浄化・神の裁き」という象徴性があったからです。
公開の場で火刑に処すことで、罪人は正義によって裁かれ、十分に苦しむとともに、その業が浄化されて消えていく。
大衆はそれをつぶさに見て、現在の権力者に従順となり、自分が異端とされることに恐怖し、同時に「我らの敵が裁かれた」という安心、あるいは快感を得るわけです。
日本は恥の文化
それに対して、日本人は何か悪いこと(その社会の価値観に反すること)をした時、共同体の中で恥をかいたと考える傾向があります。
八百万(やおよろず)の神や、共同体の中で生きる日本人にとって、調和を乱すことは家の恥であり、ひいては一族の恥と見なされました。
一神教の欧米では、神という絶対の存在に逆らうことが罪とされましたが、多神教の日本では、調和を乱して周囲との関係を損なうことが罪とされたのです。
ですから、神に対して罪を償うのではなく、共同体に対して詫びを入れ、恥をそそぐという発想になります。
これが中世の武士たちが、異常なまでに「名誉」にこだわった理由の一つです。
欧米社会のように、神の正義を実現することや、罪人を十分に苦しめること、魂を浄化して清めることなどは、あまり重視されません。
命を自ら断つことで、責任を取り、詫びを入れて、恥をそそぐ。一族の誉れを守り、共同体の調和を元に戻す。こういうことが重視されます。
そして同じ流れで、死の恐怖を克服して、自分の手で責任を取る切腹が名誉とされた一方、自ら恥をそそぐことができず、他人の手で責任を取らされる斬首は屈辱とされたのでしょう。

獄門(首を晒すこと)は、耐えがたい恥辱と受け止められました。現代の感覚で言えば、羞恥刑の一種と言えます。
見せしめであると同時に、死後の名誉を奪って、家名を傷つけるという、武士にとっては恐ろしい仕打ちでした。
名誉にフォーカスすれば、苦しめることよりも、「見事に散ること」が尊ばれます。
それ故に、立派に責任を取る覚悟を見せたなら、それ以上は無駄に苦しませず、介錯して終わらせるというのが、社会的な合意になりました。
火葬と土葬
火葬と土葬についても、民族による価値観の差が表れていて興味深いところです。
日本は温暖湿潤の気候であるため、乾燥地帯に比べると土葬はデメリットが目立ちます。
細菌類や昆虫が活発に動くため、臭気やガスが発生しやすくなります。
野生動物が多く生息しており、浅い埋葬ではすぐ掘り返されてしまいます。
また、豪雨や台風がよくあるため、土で浄化される前に浸出が広がって、地下水が汚れる懸念がありました。仮に飲用水が汚染されれば、それは集落の危機に直結します。
そもそも国土の約7割が山地であり、人口に対して平野が少ないという、地理的な事情も大きなものでした。
したがって、これらの問題を一気に解決できる火葬が普及して、そのまま主流であり続けています。
仏教の影響はありましたが、主には合理性によって決まったと言えます。
なぜ火葬が罰になる?
これに対して、土葬には宗教的な影響が、色濃く見られる場合があります。
なぜなら、宗教によって異なりますが、土葬には次のような意味合いがあったからです。
・適切に埋葬されることで、先に逝った祖先たちと合流できる。
・生まれ変わる時の器になる。
・神から与えられた身体を、傷つけずにお返しする。
このような観念があるため、火葬は時として「重い罰」と受け止められることがありました。適切に土葬せず、遺体を放置することも同様です。
それは上記の否定、つまり祖先たちに合流させない、生まれ変わりを許さない、神に対して罪を犯させるという含みがあったからです。
日本の武士にとって、打首・獄門が恥辱になったのは、彼らが名誉を重んじるという価値観の裏返しでした。
それと同じように、宗教性を重んじる土葬文化圏において、火葬は彼らの価値観を否定する、恐ろしい罰になり得たというわけです。
先にも触れましたが、中世ヨーロッパの異端審問や魔女裁判においては、火刑が多用されました。

これは火によって浄化する、神の裁きで罪人を苦しめるということに加えて、土葬文化圏であることを考慮すると、その重さをより理解できます。
異端や魔女(とされた者)は、祖先と合流することや、生まれ変わることも禁じられたのです。
重視する価値観を否定することで、精神的な苦痛を与えるという根本構造は、世界で共通しています。
その民族や社会が、どういう価値観を持つかによって、苦痛の与え方(=価値観の否定の仕方)が異なるというわけです。
火葬なんてあんまりだ…!
埋葬に関して、個人的に印象的だったエピソードが二つあります。
一つは、土葬文化圏の国におけるあるドラマです。
ゲイである男性は、その嗜好を隠して生きてきましたが、ある時に周囲に知られてしまいます。
彼は同性愛という「罪」を、周囲から激しく糾弾されて、「お前を火葬する」と脅迫されました。
その時、彼は「俺が悪いことをしたのは認めるが、火葬なんてあんまりだ…!」と言って、泣き崩れてしまったのです。
国によっては同性愛が罪だったり、火葬が罰だったりすることに、それを知らなかった当時の私は驚きました。
礼を尽くして恥辱と受け止められる
もう一つは、日本軍に関する逸話です。
大東亜戦争の時期、土葬文化圏のある国に進出した日本軍は、現地民の遺体を丁重に弔いました。
普通だったら放置するところを、日本の常識に則って、わざわざ手間暇をかけて、荼毘(だび)にふしたのです。
その兵士からしたら、仏になった相手に礼を尽くしたわけですが、現地民はそうは受け止めませんでした。
「火葬するなんて、酷いことを…!」と思われたのです。
遺体を放置しても似たようなものなのに、それだけ「火葬」が持つインパクトは、現地民にとって重かったのでしょう。
私たちの感覚で言えば、〇体損壊に似た嫌悪感があったのかもしれません。
ゾンビと怨霊
葬儀のあり方は、面白いところにも影響しています。私が苦手なホラーです。
〇体が動いて襲ってくる「ゾンビ」をご存知でしょう。
映画やゲームの世界でよく登場するので、実は身近だったりしますが、日本にゾンビが存在した試しはありません。
火葬文化だったからです。〇体は焼いてしまっているので、復活しようにもできなかったのです。
ゾンビとは、土葬文化圏においてのみ成立するホラーです。

それでは、火葬文化の日本では、どのようなホラーになるのでしょうか?
それは「怨霊」です。怨霊はゾンビの魂版ということもできます。
1998年に邦画「リング」がアメリカで大ヒットしましたが、これはゾンビ文化にとって、怨霊という概念が新鮮だったからです。
当時、アメリカのホラー映画と言えば、殺人鬼・モンスター・悪魔・ゾンビなどが主流でした。
皇帝への反逆
欧米のキーワードが「神への冒涜」だとしたら、中国のキーワードは何でしょうか?
それは「皇帝への反逆」です。
中国史観は、易姓革命や天命思想の影響を強く受けており、次のような発想が根本にあります。
・天が「天命」を与えた者が、正当な王朝を建てる。
・王朝が腐敗した時、天命が失われる。
・新たに天命を得た者が、腐敗した王朝を倒して、新しい王朝を建てる。
この天命思想に従えば、以下が絶対条件になります。
・新しく興った王朝は、天命を与えられており、正当な資格がある。
・倒された旧王朝は、腐敗して悪政を行い、天命を失っていた。
このため、現在の政権から見て、旧政権だった敵は悪人、歯向かう者は逆賊でなければなりません。
そうでなければ、現政権に「天命」があることを脅かすからです。

したがって、皇帝に対する反逆や国家秩序の破壊が、最も重い犯罪と位置づけられます。
処刑することそれ自体より、どれだけ苦痛・屈辱を与えるかが重視されました。
「孝」が全否定される
苦痛を重視した刑の中で、最もおぞましいのが「凌遅刑」でしょう。
これは身体を切り刻んで、十分に苦しめた後に〇し、かつ死後も人間の姿でいられないという恥辱を与える、非道極まりない刑でした。
ゆっくりと死に至らしめることから、凌遅という名が付きましたが、英語表現(death by a thousand cuts)の方が理解しやすいかもしれません。
凌遅刑が発案されたのは、単純に苦痛が大きいからだけではありません。そこには中国独特の思想的な背景があります。
儒教には、「身体や髪、皮膚などは、すべて父母から授かったものなので、勝手に傷つけないことが孝行の第一歩である」という言葉があります。
これは十三経の一つである「孝経」の一節です。

儒教は「孝」を非常に重視しており、孝はすべての徳行の根源であって、政治や社会秩序の基本でもあると説いています。
皇帝に対する忠義がない者は、その孝を全否定して処刑することが、当時の価値観に照らすと最大級の屈辱になりました。
完全にあるべき道を外した極悪人、と位置づけられたからです。
ゆっくりと身体を刻むことは、同時にその精神を刻むことを意味したため、時間をかけて罪人を苦しめる極刑とされたのです。
つながりが断たれる
たとえば、あなたが亡くなった親から、世界に一つしかない大切な形見を受け継いだとします。
その形見を、他人が目の前で壊したらどう感じるでしょうか。
親とのつながりが断たれたような気がして、悲しく感じる人が多いのではないかと思います。
儒教的な価値観では、身体そのものが「父母から受け継いだ最大の形見」です。
このため、身体を切り刻まれることは、親から受けた恩を踏みにじられることでもありました。

また、孝と同じ流れで、中国では祖先崇拝が非常に重要とされます。
身体が不完全で人間の姿をしていないと、祖先に合わせる顔がないという心理になるようです。
切り刻むという残酷さだけを見ると、日本人には理解しがたいですが、その民族が重視する価値観を、徹底的に否定して絶望を与えるという意味では、その社会における極刑に相応しかったのかもしれません。
ギロチンは処刑の平等
日本・欧米・中国のほかにも、興味深いケースがあります。面白いと言っては不謹慎ですが、面白いのはあの「ギロチン(断頭台)」です。
1789年に起きたフランス革命は、自由・平等・博愛を掲げた、近代民主主義の先駆けでした。
その美しい理念とは裏腹に、実際は無駄な血を大量に流した、約80年にわたる社会の大混乱期でした。

ここで取り上げたいのは、ギロチンが実現した「処刑の平等」です。
ギロチンは、法の下の平等を〇刑執行にも適用して、受刑者の苦痛を和らげる(一瞬で逝く)ために発案されました。
導入を主導した医師ジョセフ・ギヨタンの名前に因んで、ギロチンと呼ばれます。なんと1981年、つい最近まで現役でした。
それまで、貴族は斬首・庶民は絞首という区分や、残酷な刑執行などがありましたが、ギロチンの登場後は、王様や王妃を含めて全員が等しくギロチンで処されました。
現代の私たちには、残酷な機械という印象がありますが、当時は必要以上に苦しませない「人道的」な装置と認識されていました。
近代国家においては法の下の平等や、適正な手続きが重視されたようです。
「革命の敵」を処せ
ギロチンを多用したのは、1793年に恐怖政治を行ったマクシミリアン・ロベスピエールです。
彼は都合の悪い存在を「革命の敵」と呼んで、次々とギロチン送りにしていきます。王族・貴族・司祭・革命家・商人・農民など、その対象は多岐にわたりました。
皮肉なことに、ロベスピエール自身とその取り巻きも、権力争いに敗れた後は「革命の敵」に認定されて、ギロチン送りになっています。

フランス革命とは、自由と平等を突き詰めた社会が、革命に次ぐ革命で大混乱に陥り、当時の「人道的」な装置を使って、無実の人間を大量に〇すという、矛盾を凝縮したような特異な時期でした。
疲れ果てたフランス国民が求めたのは「秩序」です。
その声に応えて登場するのが、あのナポレオン・ボナパルトでした。
独裁によってフランスに秩序を取り戻した英雄は、しかし今度は欧州全体に、戦火を撒き散らしていくことになります。
なお、ルイ16世の首をはねたギロチンの刃は、プレミアで高値が付いたと伝えられます。このあたりの感覚が、日本人にはよく分かりません。
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