拷問と処刑の国民性 (1)

拷問と処刑 (1) ブログ

 食事や文化・風俗に国民性があるように、拷問や処刑にも国民性があります。今回は、この物騒なテーマについて語りましょう。

 私自身がホラー嫌いですので、気分を害するような描写は、できる限り避けて記述していきます。

切腹と言えば、日本人

 「アメリカ人が責任を取って切腹した」といった場合、多くの方は違和感を覚えるでしょう。

 切腹は日本人に独特の〇に方だからです。Harakiri(ハラキリ)は、そのまま英語になっています。切腹に相当する単語表現が、アメリカにはそもそもありません。

 「南国の住民が、働き過ぎて過労〇した」という場合も同じです。

 これは南国の人々が、一般に穏やかで、ゆったりしているからではありません。過労〇という亡くなり方が、日本人に特有だからです。

 外国ではそもそも、「〇ぬまで自発的に働く」という発想が薄く、少なくとも社会問題としては認知されていません。

 発想がない故に、それを実行する人もいなければ、それを表現する単語もありません。

 権力に強制されるならまだしも、「どうして自分から、そんな愚かなことをするんだ?」と不思議がられてしまいます。

 Karousi(過労〇)もまた、Harakiriと同じく、そのまま英語として通じます。

デマの見分け方

 拷問や処刑のあり様が、各国によって異なることは、多くの方が若年の頃から認識していることでしょう。

 私はおぞましいものや、ホラー系が嫌いですので、ここで詳細を書くことはしません。

 そんな私がこのテーマに関心を持ったのは、左翼による自虐史観、または悪意あるプロパガンダがきっかけでした。

 ある記事によれば、「日本軍の兵士が、中国現地の妊婦の腹を裂いて、胎児に銃剣を突き刺して頭上に掲げ、下品に笑っていた」と言います。

 私は読んだ瞬間にデマだと分かりました。

 なぜなら、それは13世紀に栄えたモンゴル帝国の兵士による蛮行の一つだということを、たまたま知っていたからです。

 日本人の歴史に、そのような文化や趣味嗜好はありません。

 こんなことを日本人がやったと吹聴するのは、中国人が「責任を感じて切腹した」と言うのと同じくらいおかしいのです。

名誉ある死

 余談ですが、遊牧国家だったモンゴルには、実に遊牧民らしい処刑法があります。

 それは罪人を地面に横たえた上、馬群を走らせてひき〇す(圧〇させる)というものです。

 これは貴族に適用された「名誉ある死」だとされます。遊牧民が大事にした馬によって、血を流すことなく〇ぬことは、当時の彼らには尊いと考えられたからです。

 日本人がこんな処刑をしたと主張する人がいたら、それは間違いなくデマでしょう。

 言うまでもなく、日本人にとっての名誉ある死は切腹でした。「切腹は名誉、斬首は屈辱」という観念は、日本人以外には理解されません。

百人斬りと言えば?

 悪名高い「百人斬り競争」についても同様です。

 これは1937年の南京攻略の際、日本軍の将校2名が、日本刀でどちらが先に100人の中国兵を斬るかを競った、とされる報道です。

 戦後、この報道を根拠にして、両名は南京の軍事法廷で戦犯になり、処刑されてしまいました。その真偽や報道のあり方については、いまだに論争があります。

穢れを嫌う日本人

 まともな日本人であれば、これを読んで違和感を覚えると思います。

 なぜなら、日本人の歴史に、このような種類の蛮行が登場することはないからです。

 日中戦争に対する賛否、つまりその方が戦争について、どのような歴史的立場を取っているかは、一切関係がありません。

 日本人は殊のほか「穢れ」を嫌う民族であり、大量の血が流れるのを、積極的に求めることは非常に稀です。

 仕事として任務を遂行することはあっても、人をあやめることを喜んだり、娯楽にする国民性ではありません。

 日本人は敵ですら供養し、時には神として祀ってしまう珍しい民族ですが、それは穢れを嫌う(または恐れる)ことの裏返しでもあります。

 それまでの歴史の流れを無視して、その時だけ(外国に)都合よく、瞬間的に登場する残酷な拷問・処刑法は、事実である可能性が極めて低いと言えます。

 日本の場合、戦国時代の首級や耳塚が有名ですが、これは戦功の証拠とするためでした。

 残虐行為それ自体を目的とするものではありませんから、江戸時代以降においては、そもそもやる必要性がなくなりました。

違和感なくある発想

 私は百人斬りと聞くと、秦末の中国大陸において、項羽が行った大量処刑が思い浮かびます。

 あの「項羽と劉邦」の項羽です。西楚の君主として活躍しました。

 項羽は紀元前207年、秦の章邯を降伏させて、約20万人の秦軍を捕虜にしました。

 この時、項羽は次のような軍事的事情から、捕虜にした兵士を処刑することに決めました。

・人数が多すぎて監視できない。
・補給する食糧がない。
・反乱を起こす危険がある。

 いわゆる「新安の坑」です。「坑」とは生き埋めを意味しますが、研究によれば、斬首・刺〇・埋葬などが混在した、大規模な処刑だったとされています。

 項羽自身が剣を持って、数多くの捕虜を斬ったとされます。

 これがどこまで史実かは分かりません。項羽は猛将のイメージが強いですから、彼を悪役として盛り上げるための創作も、おそらくは含んでいることでしょう。

 注目すべきは、事実の厳密さではなく、中国人の歴史や発想の中に、こういう類のものが「違和感なくある」ということです。

 頭の中にあるものは、言葉や行動として示現しますが、そもそも発想がない場合は、外に出てくることはありません。

水責めと言えば?

 日本軍が行ったとされる「蛮行」には、もう一つ有名なものがあります。それは「水責め」です。

 「水責め」と言われても、そもそもピンと来ない人が多いでしょう。

 「みずぜめ」と聞いて、日本人が発想するのはおそらく、羽柴秀吉の軍師だった黒田官兵衛が、毛利家の清水宗治が守る備中高松城を「水攻め」したことではないでしょうか。

水責めとは

 それでは、水責めとは何ぞやと言いますと、これが残酷な拷問なのです。

 なるべく婉曲的に表現しますが、捕虜や尋問対象を拘束して、無理やり大量の水を飲ませ、お腹が一杯に膨れたところで、腹部を強く踏みつける方法です。

 これを何度も繰り返して、身体的な苦痛を与えるとともに、精神的に心を折りにいくわけです。

 飲まされる時も苦しく、吐かされる時も苦しい過酷なもので、内臓が破裂して〇ぬ例も頻繁にありました。

 時には2~3mも、口から噴水のように噴き出す水を見て、笑っていたなどとも伝わります。

 加害者側から見ると、次のようなメリットがあり、一方で効果が高かったことから、機密情報を自白させるために行われました。

・水はどこでも手に入る。
・特別な道具を必要としない。
・外傷が少ない。
・何度も繰り返すことができる。

特徴は言語に表れる

 水責めは、1899年~1902年の米比戦争において、アメリカ人がフィリピン人に多用したとされます。

 実行者としてはアメリカが有名ですが、その起源は中世ヨーロッパにあります。異端審問や植民地支配で使われたようです。

 彼らの性悪さは、その単語表現にも表れています。

 水責めは「water torture/水の拷問」という表現が一般的ですが、公に近い隠語として「water cure/水の治療」とも言います。

 わざわざ「治療」などと表現するのです。

 こういうネーミングは、その民族の特徴を示唆していると、私は考えています。

 大東亜戦争の最中、日本軍の兵士がフィリピン人に対して水責めを行ったと、「戦後の裁判記録や証言で確認されている」そうです。

 しかし、これらの記録・証言は、その信憑性について疑義があり、日本人の歴史と発想に照らせば、怪しいと言わざるを得ません。

水責めはまだ現役?

 アメリカ人による水責めは、2000年代にも行われて物議を醸したことがあります。

 2001年に起きた同時多発テロ事件の時です。

 この事件の直後、アメリカ政府は「次のテロを防ぐ」ことを最優先課題としました。

 CIA(中央情報局)は、テロ容疑者への特別尋問を行いますが、その中で採用された方法の一つが水責めでした。

 さすがに19~20世紀ほど野蛮ではなく、手法はだいぶ穏やかになりましたが、それでも残酷であることに変わりはありません。

 尋問対象を横にして拘束し、顔に布を被せた上、その布に少しずつ水を流し続けるのです。

 被害者は徐々に呼吸が苦しくなり、あたかも溺れているかのような恐怖を覚えます。

 この「模擬溺死(Mock drowning)」という状態を繰り返し体験させて、極度の精神的苦痛を与えるというわけです。

 過去のwater tortureに対して、こちらはwater boardingと呼ばれますが、形を変えた現代版「水の拷問」です。

 おそらくアメリカ人の歴史と発想には、水を利用した責めというものが「違和感なくある」のでしょう。

 つづく。

【関連記事】 拷問と処刑の国民性 (2)

コメント