マルチタスクは頭が悪くなる? 長文を読めなくなる

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 文書を作りながら、メールやLINEを小まめに確認する。会議に参加しながら、別の仕事の資料に目を通す。スマホでニュースを読みながら、テレビ番組を見る。

 情報化社会の現代は、こういう生活をしている人が少なくありません。

 一見すると、複数の作業を同時にこなす「マルチタスク」は、効率的に思えます。

 タイパ(タイムパフォーマンス/時間効率)という言葉がありますが、これを重視して積極的にマルチタスクをする人もいます。

 自分が望まなくても、次々とスマホの通知が届いて、それに流されてしまう人もいるでしょう。

 しかし、近年の脳科学の研究では、多くの場合に「マルチタスクは生産性を下げる」と考えられています。

 なぜ、マルチタスクは非効率なのでしょうか。

スイッチングコスト

 まず理解しておきたいのは、人間の脳はコンピューターのCPUのように、複数の知的作業を「同時処理」している訳ではないということです。

 脳科学の知見によれば、人間が行う並列作業は、機械のような同時処理ではなく、「高速なタスク切り替え」だと考えられています。

 たとえば、文書作成をしながら(仕事A)、LINEを確認する(仕事B)という並列作業は、AとBを矢継ぎ早に切り替えることになります。

 そうすると切り替える度に、脳は「どこまでやったか」「何を考えていたか」と、毎回読み込み直さなければなりません。

 これを「スイッチングコスト」と呼びます。

 先ほどの例で言えば、文書作成をしている時に、LINEのメッセージを確認すると、文書作成に戻った時に「どこまで書いたかな」「次はどう繋げていくんだっけ?」と改めて考えなければいけません。

 PCやスマホで言えば、その都度アプリを閉じて、開いて、と繰り返すようなものです。

 一回一回の再起動は数秒でも、これが積み重なると、無視できないスイッチングコストになり、エネルギーや時間を大きく奪われます。

 脳が無駄に疲労して、思考力が鈍ってしまえば、コストは更に増えるでしょう。

 頻繁な中断と再起動は、生産性を落とすとされており、研究によっては20~40%落ちた事例もあります。

集中状態は簡単に壊れる

 人は深く集中している時、非常に高いパフォーマンスを発揮します。この状態は、しばしば「フロー状態」と呼ばれます。

 ある分野の専門家は、これが極限に達することがあり、そんな時は雑音が聞こえなくなる、スローモーションに見えるなどの変化があるようです。

 棋士の羽生善治氏は、集中する時は「海に深く潜っていく感覚に似ている」と言います。

 「段階を上手く踏めた時は、深く集中できる。これ以上集中すると、元に戻れなくなるのではないかと、ゾッとすることがある」とも述べています。

 私たち一般人は、ここまで高いレベルの集中はできませんが、それでもある程度の深さまでは潜ることができます。

 しかし、集中状態は簡単に妨害されてしまう上、一度壊れると元に戻るまで時間がかかります。

 たとえば、読書・勉強・プログラミング・執筆・設計・分析などの作業は、頭の中で多くの情報を保持しながら考えています。

 しかし、スマホの通知音が鳴って、それに引っ張られて画面を見ると、思考の流れが途切れてしまいます。

 せっかく積み上げた集中力が、リセットされてしまうのです。

 作業に戻った時は、スイッチングコストを払って再起動した上、もう一度集中力を積み上げなければなりません。

 集中力は簡単に壊れます。そして、マルチタスクは集中力を、自ら積極的に壊すようなものです。

ミスが増える

 脳のワーキングメモリには限界があります。

 ワーキングメモリは、一時的に情報を保持しながら処理を行う「脳の作業スペース」のようなもので、作業記憶とも呼ばれます。

 机に例えると分かりやすいでしょう。

 机の上に資料が1種類だけ置かれている場合は、必要な情報をすぐに見つけることができます。作業の流れも把握しやすく、余計な混乱は生じません。

 しかし、仕事Aの資料、仕事Bの資料、メールの内容、会議のメモなどが、次々に机の上へ置かれるとどうなるでしょうか。

 机の上は次第に散らかり、必要な資料を探すだけでも、時間がかかるようになります。

 脳の中でも同じことが起こっています。

 複数の作業を同時に進めようとすると、脳はそれぞれの情報を保持しながら処理しなければならず、ワーキングメモリが圧迫されてしまいます。

 その結果、入力ミスが増える、計算を間違える、重要な情報を見落とす、確認漏れが発生するなどの問題が起こりやすくなります。

 処理を誤ってしまった場合、事前に発見できた時でも修正コストがかかりますが、事後に発見した時はより大きな修正コストが必要な上、トラブルや損害が生じる可能性があります。

 マルチタスクは一見、作業効率を上げるように思えますが、ミスの発生率が上がることで、実際は生産性を下げたり、品質の悪化を招いています。

 航空業界や医療業界など、人命に関わる分野では「ながら作業」が厳しく制限されています。

 一見すると些細なミスであっても、重大な事故につながる可能性があるためです。

長文を読めなくなる

 私が個人的に最も驚き、そして警戒を強めたのが、マルチタスクによって「長文を読めなくなる」「読書の能力が落ちる」ということでした。

 私は若い頃から本好きで、読書には人生を変える知見を多く与えてもらいました。

 実益を兼ねた趣味であり、自分の中では特別な位置づけでした。

 しかし、40代になって老眼が進んでしまい、読書をしにくくなった頃、ちょうどYouTube動画が広く普及したので、動画視聴の方に傾いていきました。

 その方がストレスなく、情報を集められたからです。

 動画のレベルは年々上がっており、今やテレビ番組を凌ぐ品質のものが珍しくありません。

 私は何時間も老眼鏡をかけるのが嫌だったので、徐々に読書をする機会が減り、10~20分程度の動画を次々と見るようになりました。

 しばらくは、その状態に満足していたのですが、ある時にふと気づきます。

 「最近、長文を読む力が衰えているのではないか?」と。

ニュースダイエット

 それを感じていた頃、「ニュースダイエット(ロルフ・ドベリ著/サンマーク出版)」という本に出会いました。

 この本は、大量のニュースを日々消費することは、人生の質を上げることに一切貢献しないと力説する本ですが、その中に「マルチタスクは読書の能力を落とす」という指摘があり、私はハッとさせられました。

 その指摘の要旨は、次のようなものでした。

・情報の豊かさは、注意力の貧困を招く。

・あなたがニュースを消費するほど、あなたは情報に素早く目を通せるように、マルチタスクをこなせるように、自分の神経回路をトレーニングすることになる。
 しかし、それに伴い、深く掘り下げた内容の本を読んだり、深遠な思考をするために必要な回路は退化してしまう。

・ニュースを熱心に消費する人の大多数は、長文記事や本を読むことができなくなる。少し読むと疲れてしまい、注意力が落ちてそわそわし始める。

・集中して、一つのテーマを追求する能力を、あなたが取り戻したいと思うなら、ニュースを断つ精神的ダイエットは避けて通れない。

・私の経験から言えば、脳の構造が元通りになり、疲れを感じずに長い文章を受け入れられるようになるには、約1年はニュースを断つ必要がある。

 私はマルチタスクを積極的に行っていた訳ではありません。

 男性は一般的に、女性に比べて並列処理が苦手と言われます。

 私自身もそれは自覚していたので、なるべくマルチタスクを避けて、モノタスクで集中するように注意していたつもりでした。

 しかし、次々と短いニュースを読むことや、次々と10分前後の動画を見ることは、一見モノタスクのように見えて、脳としてはマルチタスクに近いということを、この時に初めて強く意識しました。

 折りしも、長文を読む力が衰えたと感じていた頃です。

 これが原因だったのかと得心して、私は読書の方に軸足を戻したのでした。

大型ディスプレイで解決

 ちなみに、何時間も老眼鏡をかけるのは今も嫌でして、どう解決したかと言いますと、40型のディスプレイを購入しました。

 そして、その大きな画面に、電子書籍を大きな文字で表示させて、読むようにしています。

 これだと老眼鏡が必要ない上、本を持つ手が疲れたり、背筋や首に負担がかかることもありません。

 これには満足しておりまして、スペースさえ許せば、もっと大きなディスプレイが欲しいくらいです。

脳は適応しているだけ

 人間の脳は、よく使う回路を強化する性質を持っています。

 そのため、短い情報を次々と処理する習慣が続くと、長時間ひとつのテーマに集中する能力が弱くなってしまいます。

 これは退化でもなければ、進化でもありません。頻繁に生じる環境に「適応」しているだけです。

 つまり、マルチタスクによって、次々と処理を切り替えると、切り替える力が磨かれて伸び、集中する力が鈍化して衰えるのです。

 たとえば、「仕事A→LINE→広告→仕事B→動画視聴→仕事A」という処理を命令すれば、脳はそれに適応しようとします。

 一方で、たとえば「長文読解→長文読解→長文読解→長文読解」という処理を命令すれば、脳はそれに適応しようとます。

 この二つは、どちらが正解というものではありません。

 自分が求めるのはどちらか、自分の脳をどの方向に伸ばしたいかという話です。

 ですから、一概に「マルチタスク=悪」ではなく、用途に応じた使い分けが大事ということになるのですが、こうした特徴を知った上で選択する必要があります。

 そして、先ほどチラリと述べましたが、男性は一般的に、女性に比べて並列処理が苦手とされます。

 生来苦手なものを、無理に伸ばそうとする努力は、残念ながらあまり報われません。

 そう考えると特に男性の場合は、モノタスクを原則に据えた方がよいと言えそうです。

良いマルチと悪いマルチ

 当然ですが、すべてのマルチタスクが悪い訳ではありません。

 たとえば、次のような組み合わせはあまり問題にならず、マルチタスクの良い面を引き出せます。

・散歩しながらポッドキャストを聴く。
・洗濯しながらラジオを聴く。
・筋トレやジョギングをしながら音楽を聴く。

 これは脳の異なる部位を使っているからです。

 聴覚野と運動野の並列処理などは、バッティングしにくくなります。

 一方で、たとえば次のような組み合わせは、マルチタスクの悪い面が出てしまいます。

・勉強しながら、LINEを返信する。
・会議に参加しながら、別の仕事の資料に目を通す。
・YouTube動画を流しながら、別の文書を読む。

 これは同じ注意資源を奪い合っており、言語野において処理がバッティングするからです。

 ただし、先述の通り切り替えの訓練にはなります。

一つずつ確実に終わらせる

 生産性を高めたいのであれば、最も簡単な方法は「モノタスクを徹底する」ことです。

 あまりにもベタなので、陳腐に感じてしまいますが、「時間割り」というのは実に優れた工夫です。

 時間を区切って、特定の仕事に集中する。特に頭が冴えている午前中には、集中力が必要な仕事を持ってくる。

 こうした工夫は、仕事ができる人が日常的に心がけていることです。

 マルチタスクが非効率である最大の理由は、人間の脳が本当の意味では、複数の知的作業を同時処理できないからです。

 実際は、注意を高速で切り替えているだけであり、切り替えの都度スイッチングコストを奪われます。

 逆説的に聞こえますが、忙しい現代だからこそ、「複数を同時にやる」より、「一つずつ確実に終わらせる」ことが、結果的には効率を高めるのです。

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