はじめに
本書を手に取ってくださり、ありがとうございます。
私は内向的な人間であり、いわゆる「繊細さん(HSP/Highly Sensitive Person)」です。
過去の苦々しい記憶や、嫌いな人間が、たびたび頭に浮かんでは、それが堂々巡りしてしまう状態に、長らく悩んできました。
40歳を超えてからも、20代の頃の記憶を思い出して、不快な思いをすることが日常的にありました。
過去の嫌な記憶が、ふとした瞬間に蘇ってくる。思い出したくないのに、思い出してしまう。考えたくないのに、考えてしまう。
そして、その記憶が頭の中をぐるぐると回り続け、心が休まらない。メンタルが乱される。
私はHSPであるがゆえに、おそらく普通の人よりも、こうした傾向が強かったのではないかと思います。
一方、HSPであるがゆえに、物事を冷静に分析したり、自分の内面と向き合うことが、おそらく普通の人よりも得意でした。
結論を言えば、私はさまざまな試行錯誤を経て、不快な記憶をほぼ封じ込めることに成功しました。
今は、多くの不快な記憶を忘れてしまいましたし、時々思い出すものもすでに無毒化しており、私を苦しめることはありません。
どのようにして、それを実現したのか?
その具体的な手法を、本書で明らかにしたいと思います。

私は個人の価値観として、アクションプランにこだわっています。
単なる知識ではなく、具体的に何をすべきか、どのように成果につなげるかを、常に意識しています。
メカニズムを理解した上で、それに適合した対策を取り、現実を改善していくことが、より良い人生につながると信じているからです。
本書でお伝えする方法は、よくある「考え方を変えましょう」的な、モヤっとした心理指導、あるいは認知指導ではありません。
誰もが実践できる、再現性のある「行動」です。その中では、唱えるだけで効果を生む、簡単な呪文のようなものもあります。
使命感や職業倫理に乏しい一部の精神科医や、共感中心のカウンセラーなどより、よほど現実的であることをお約束します。
第1章では、記憶のメカニズムを整理して、どのような仕組みが私たちを悩ませるのかを説明します。
第2~4章では、その仕組みに照らして、具体的に何をすればよいかをお伝えします。
しっかりマスターすれば、嫌な記憶を封じるだけでなく、今後の人生においても大いに役立つはずです。
本書があなたの心を解放し、穏やかな日々を取り戻すための一歩となることを願っています。
今こそ訣別しましょう。あなたを悩ませてきた、不快な記憶と。
第1章 記憶のメカニズム
まず前提として、記憶のメカニズムから整理します。仕組みを理解しないと、有効な対策が打てないからです。
具体的な方法は後ほどご紹介しますが、頭で納得して理論武装しておいた方が、行動を始める時、及び継続する時のハードルが下がります。
少し概念的な話になりますが、なるべく平易に説明しますので、何卒お付き合いいただければと思います。
人間の記憶は、次の三段階のプロセスで構成されます。この流れは、心理学や神経科学に共通しています。
(1) 記銘(覚える・保存する)
(2) 保持(維持する)
(3) 想起(思い出す)
記銘(覚える・保存する)とは、情報を脳内に取り込んで、記憶として保存可能な形に変換することです。何かを経験したり、見たり、聞いたりした時に、その情報が脳に刻まれる段階です。
保持(維持する)とは、一度記銘された記憶を、脳の中で維持し続けることです。記憶は単に保存されているだけではなく、時間とともに変化したり、強化されたり、弱まったりします。
想起(思い出す)とは、保持されている記憶を、必要な時に取り出すことです。意識して思い出すこともあれば、勝手に思い出してしまうこともあります。

嫌な記憶に悩まされるということは、この三段階のうち、特に「記銘と想起」に問題が起きている状態です。
記銘の段階で、嫌な出来事が強く刻まれてしまった。そして想起の段階で、その記憶が頻繁に呼び出されてしまう。こうした状態を上手く管理できていない、ということになります。
脳はどのように覚えているのか
改めてになりますが、記銘(覚える・保存する)とは、情報を脳内に取り込んで、記憶として保存可能な形に変換することです。
何かを経験したり、見たり、聞いたりした時に、その情報が脳に刻まれる段階です。
単に情報が目や耳に入るだけでは、記憶としては定着しません。書き込みが弱いからです。
例えば、毎日通勤で同じ道を歩いていても、道端の石ころや看板の細かい文字まで、すべてを覚えているわけではありません。目には映っていても、意識が向いていないものは、記憶として残り辛くなります。
それでは、どのような情報が記憶になるのでしょうか?
それは私たちの意識が向いて、「情報+α」になったものです。
何らかの+αがあった時、その+αが鮮烈であるほど、情報は強く書き込まれて、記憶として定着しやすくなります。
記憶を作る+αには、以下のように様々な種類があります。簡単に見ておきましょう。
・注意
意識したり、注目した情報は、記憶に残りやすくなります。
・意味づけ
情報に意味を与えると、記憶として定着しやすくなります。
単なる数字の羅列より、例えば「自分の誕生日」という意味がある数字の方が、遥かに覚えやすいでしょう。
・体験
実際に体を動かしたり、何かを経験したりすることで、記憶は強くなります。
・感情
嬉しい、悲しい、怖い、腹が立つといった感情を伴うことは、強く記憶に残ります。特にネガティブな感情ほど、深く刻まれてしまいます。
・匂いや音
特定の匂いを嗅いだり、音楽を聴いたりすると、過去の記憶を呼び起こすことがあります。匂いや音と連結して、情報が書き込まれているからです。
・場所
特定の場所へ行くと、過去の記憶を呼び起こすことがあります。場所と連結して、情報が書き込まれているからです。
・エピソード
物語のように、前後の文脈や状況と結びついた記憶は、記憶に残りやすくなります。
・ネットワーク化(既存の知識との結合)
既に知っていることと関連づけると、新しい情報を覚えやすくなります。脳内で知識同士がつながって、ネットワークが強化されるからです。
これらを覚える必要はありません。重要なのは、+αには様々な種類があり、それが強ければ強いほど、記憶も深く刻まれるということです。
嫌な記憶は通常、強いネガティブ感情を伴って書き込まれています。
そして、その記憶を何度も、意図に反して思い出してしまうことで、いっそう強化されてきます。
タグ=トリガー
+αには、もう一つ重要な役割があります。
それは、記憶のタグになると同時に、記憶を呼び出すトリガー(引き金)にもなることです。
ここで言うタグとは、記憶に付けられた目印のようなものです。
例えば、ある嫌な出来事を記憶する時に、次のような+αが一緒に保存されたとします。
その時、一緒にいた人の顔や、誰かに言われた言葉
その時に感じた怒りや悲しみ
その場所や、その場所の匂い
その時の天気や季節
その時に聞こえていた音楽 その他
これらすべてが、その記憶に付けられたタグになります。

そして、このタグは同時に、記憶を呼び出すトリガーにもなります。
記憶を思い出す時、または勝手に思い出してしまう時、そのきっかけとなるのが、記銘の時に一緒に保存された+αなのです。
整理すると、次のような流れになります。
記銘の時
・情報+α(感情、匂い、音、状況など)が一緒に保存される。
・+αを記憶のタグとして書き込む。
想起の時
・同じ+α(感情、匂い、音、状況など)に触れる。
・タグが反応して、つまり+αがトリガーとして作用して、記憶が呼び出される。
例えば、嫌な出来事があった時に、ある特定の曲が流れていたとします。その曲は、記憶のタグとして一緒に保存されます。
そして後日、偶然その曲を耳にした時、タグが反応して、嫌な記憶が自動的に呼び出されてしまうのです。この時、曲がトリガーとして働いたことになります。
嫌な記憶が勝手に思い出されてしまうのは、日常生活の中に、そのトリガーが多く存在しているからです。
厄介なのは、思い出した時の状況もまた、新しいタグ=トリガーとして保存されること。
そうすると、「なぜか〇〇に来ると(あるいは、なぜか〇〇をすると)、あの嫌な記憶を思い出す」という風に、よく思い出す時の状況が、新しく連結されてしまうのです。
これには私も大いに苦しみました。解決法は後ほどご紹介するとして、まずはそういう仕組みだと理解しておいてください。
重要な点を整理しておきます。
POINT
・記憶は「記銘・保持・想起」の三段階で成り立っている。
・単なる情報ではなく、「情報+α」として書き込まれると、記憶に残りやすくなる。
・+αが強いほど、記憶は深く刻まれる。
・+αは、記憶のタグであると同時に、記憶を呼び出すトリガーである。
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