嫌な記憶の忘れ方 (1)

嫌な記憶 (1) 嫌な記憶の忘れ方

はじめに

 本書を手に取ってくださり、ありがとうございます。

 私は内向的な人間であり、いわゆる「繊細さん(HSP/Highly Sensitive Person)」です。

 過去の苦々しい記憶や、嫌いな人間が、たびたび頭に浮かんでは、それが堂々巡りしてしまう状態に、長らく悩んできました。

 40歳を超えてからも、20代の頃の記憶を思い出して、不快な思いをすることが日常的にありました。

 過去の嫌な記憶が、ふとした瞬間に蘇ってくる。思い出したくないのに、思い出してしまう。考えたくないのに、考えてしまう。

 そして、その記憶が頭の中をぐるぐると回り続け、心が休まらない。メンタルが乱される。

 私はHSPであるがゆえに、おそらく普通の人よりも、こうした傾向が強かったのではないかと思います。

 一方、HSPであるがゆえに、物事を冷静に分析したり、自分の内面と向き合うことが、おそらく普通の人よりも得意でした。

 結論を言えば、私はさまざまな試行錯誤を経て、不快な記憶をほぼ封じ込めることに成功しました。

 今は、多くの不快な記憶を忘れてしまいましたし、時々思い出すものもすでに無毒化しており、私を苦しめることはありません。

 どのようにして、それを実現したのか?

 その具体的な手法を、本書で明らかにしたいと思います。

 私は個人の価値観として、アクションプランにこだわっています。

 単なる知識ではなく、具体的に何をすべきか、どのように成果につなげるかを、常に意識しています。

 メカニズムを理解した上で、それに適合した対策を取り、現実を改善していくことが、より良い人生につながると信じているからです。

 本書でお伝えする方法は、よくある「考え方を変えましょう」的な、モヤっとした心理指導、あるいは認知指導ではありません。

 誰もが実践できる、再現性のある「行動」です。その中では、唱えるだけで効果を生む、簡単な呪文のようなものもあります。

 使命感や職業倫理に乏しい一部の精神科医や、共感中心のカウンセラーなどより、よほど現実的であることをお約束します。

 第1章では、記憶のメカニズムを整理して、どのような仕組みが私たちを悩ませるのかを説明します。

 第2~4章では、その仕組みに照らして、具体的に何をすればよいかをお伝えします。

 しっかりマスターすれば、嫌な記憶を封じるだけでなく、今後の人生においても大いに役立つはずです。

 本書があなたの心を解放し、穏やかな日々を取り戻すための一歩となることを願っています。

 今こそ訣別しましょう。あなたを悩ませてきた、不快な記憶と。

第1章 記憶のメカニズム

 まず前提として、記憶のメカニズムから整理します。仕組みを理解しないと、有効な対策が打てないからです。

 具体的な方法は後ほどご紹介しますが、頭で納得して理論武装しておいた方が、行動を始める時、及び継続する時のハードルが下がります。

 少し概念的な話になりますが、なるべく平易に説明しますので、何卒お付き合いいただければと思います。

 人間の記憶は、次の三段階のプロセスで構成されます。この流れは、心理学や神経科学に共通しています。

(1) 記銘(覚える・保存する)
(2) 保持(維持する)
(3) 想起(思い出す)

 記銘(覚える・保存する)とは、情報を脳内に取り込んで、記憶として保存可能な形に変換することです。何かを経験したり、見たり、聞いたりした時に、その情報が脳に刻まれる段階です。

 保持(維持する)とは、一度記銘された記憶を、脳の中で維持し続けることです。記憶は単に保存されているだけではなく、時間とともに変化したり、強化されたり、弱まったりします。

 想起(思い出す)とは、保持されている記憶を、必要な時に取り出すことです。意識して思い出すこともあれば、勝手に思い出してしまうこともあります。

 嫌な記憶に悩まされるということは、この三段階のうち、特に「記銘と想起」に問題が起きている状態です。

 記銘の段階で、嫌な出来事が強く刻まれてしまった。そして想起の段階で、その記憶が頻繁に呼び出されてしまう。こうした状態を上手く管理できていない、ということになります。

脳はどのように覚えているのか

 改めてになりますが、記銘(覚える・保存する)とは、情報を脳内に取り込んで、記憶として保存可能な形に変換することです。

 何かを経験したり、見たり、聞いたりした時に、その情報が脳に刻まれる段階です。

 単に情報が目や耳に入るだけでは、記憶としては定着しません。書き込みが弱いからです。

 例えば、毎日通勤で同じ道を歩いていても、道端の石ころや看板の細かい文字まで、すべてを覚えているわけではありません。目には映っていても、意識が向いていないものは、記憶として残り辛くなります。

 それでは、どのような情報が記憶になるのでしょうか?

 それは私たちの意識が向いて、「情報+α」になったものです。

 何らかの+αがあった時、その+αが鮮烈であるほど、情報は強く書き込まれて、記憶として定着しやすくなります。

 記憶を作る+αには、以下のように様々な種類があります。簡単に見ておきましょう。

注意
 意識したり、注目した情報は、記憶に残りやすくなります。

意味づけ
 情報に意味を与えると、記憶として定着しやすくなります。
 単なる数字の羅列より、例えば「自分の誕生日」という意味がある数字の方が、遥かに覚えやすいでしょう。

体験
 実際に体を動かしたり、何かを経験したりすることで、記憶は強くなります。

感情
 嬉しい、悲しい、怖い、腹が立つといった感情を伴うことは、強く記憶に残ります。特にネガティブな感情ほど、深く刻まれてしまいます。

匂いや音
 特定の匂いを嗅いだり、音楽を聴いたりすると、過去の記憶を呼び起こすことがあります。匂いや音と連結して、情報が書き込まれているからです。

場所
 特定の場所へ行くと、過去の記憶を呼び起こすことがあります。場所と連結して、情報が書き込まれているからです。

エピソード
 物語のように、前後の文脈や状況と結びついた記憶は、記憶に残りやすくなります。

ネットワーク化(既存の知識との結合)
 既に知っていることと関連づけると、新しい情報を覚えやすくなります。脳内で知識同士がつながって、ネットワークが強化されるからです。

 これらを覚える必要はありません。重要なのは、+αには様々な種類があり、それが強ければ強いほど、記憶も深く刻まれるということです。

 嫌な記憶は通常、強いネガティブ感情を伴って書き込まれています。

 そして、その記憶を何度も、意図に反して思い出してしまうことで、いっそう強化されてきます。

タグ=トリガー

 +αには、もう一つ重要な役割があります。

 それは、記憶のタグになると同時に、記憶を呼び出すトリガー(引き金)にもなることです。

 ここで言うタグとは、記憶に付けられた目印のようなものです。

 例えば、ある嫌な出来事を記憶する時に、次のような+αが一緒に保存されたとします。

 その時、一緒にいた人の顔や、誰かに言われた言葉
 その時に感じた怒りや悲しみ
 その場所や、その場所の匂い
 その時の天気や季節
 その時に聞こえていた音楽 その他

 これらすべてが、その記憶に付けられたタグになります。

 そして、このタグは同時に、記憶を呼び出すトリガーにもなります。

 記憶を思い出す時、または勝手に思い出してしまう時、そのきっかけとなるのが、記銘の時に一緒に保存された+αなのです。

 整理すると、次のような流れになります。

記銘の時
・情報+α(感情、匂い、音、状況など)が一緒に保存される。
・+αを記憶のタグとして書き込む。

想起の時
・同じ+α(感情、匂い、音、状況など)に触れる。
・タグが反応して、つまり+αがトリガーとして作用して、記憶が呼び出される。

 例えば、嫌な出来事があった時に、ある特定の曲が流れていたとします。その曲は、記憶のタグとして一緒に保存されます。

 そして後日、偶然その曲を耳にした時、タグが反応して、嫌な記憶が自動的に呼び出されてしまうのです。この時、曲がトリガーとして働いたことになります。

 嫌な記憶が勝手に思い出されてしまうのは、日常生活の中に、そのトリガーが多く存在しているからです。

 厄介なのは、思い出した時の状況もまた、新しいタグ=トリガーとして保存されること。

 そうすると、「なぜか〇〇に来ると(あるいは、なぜか〇〇をすると)、あの嫌な記憶を思い出す」という風に、よく思い出す時の状況が、新しく連結されてしまうのです。

 これには私も大いに苦しみました。解決法は後ほどご紹介するとして、まずはそういう仕組みだと理解しておいてください。

 重要な点を整理しておきます。

POINT
記憶は「記銘・保持・想起」の三段階で成り立っている。
単なる情報ではなく、「情報+α」として書き込まれると、記憶に残りやすくなる。
+αが強いほど、記憶は深く刻まれる。
+αは、記憶のタグであると同時に、記憶を呼び出すトリガーである。

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