Amazon創業者のジェフ・ベゾスは、2019年に妻と離婚した際、Amazonの株式の約4%を財産分与しました。
当時の価値で、約350~360億ドルと言われており、当時の為替レート(1ドル=年平均109円)で4兆円に迫る巨額なものでした。
2026年現在の為替レート(1ドル=150円水準)だと5兆円を超えます。
これはさすがに特異ですが、日本でも数千万円、時には億を超える財産分与が認められた事例があります。
今回はこの恐るべき「離婚の制裁」について見ていきましょう。
慰謝料 精神的苦痛
離婚に伴って動くお金は、「慰謝料・財産分与・婚姻費用」の三つです。
慰謝料ばかりが有名ですが、実は慰謝料の比重は最も小さく、これらの中では脇役になります。
慰謝料は、離婚に伴って受けた精神的苦痛を、金銭に換算して支払うものです。たとえば浮気・不倫の有責配偶者に課されるのが典型例です。
日本の場合、懲罰的な要素を含まないので、慰謝料が度を超えて高くなることはありません。
300万円以下が約8割を占めており、中央値は約150万円とされています。
決して安くはありませんが、アメリカのように懲罰的な要素を含む国と比べると、かなり穏当な額に収まっています。
どれだけ一方的に浮気・不倫しようと、目を疑う金額になることはありません。

財産分与 ストックの分割
離婚による制裁の主役は、財産分与と婚姻費用になります。
ひと言でいえば、財産分与はストック(資産)の分割であり、婚姻費用はフロー(収入)の分割です。先に財産分与から取り上げて、婚姻費用は後で触れることにします。
財産分与は、夫婦が婚姻中に築いた共有財産を、離婚に際して精算する制度です。
夫と妻が、婚姻前からそれぞれ有していた財産は、特有財産という扱いになり、財産分与の対象には含まれません。
あくまで婚姻期間中に、二人が増やした共有財産が対象ですが、問題は「稼ぐ力」がまったく考慮されないことです。
話を分かりやすくするために、妻を今時珍しい専業主婦にして、収入ゼロということにしましょう。
この場合、婚姻期間中に「二人が増やした共有財産」と言っても、実際は夫が単独で稼いでいるわけですが、そういう事情は考慮されません。
専業主婦は、形式上は稼ぎがなくとも、実際は「内助の功」によって夫の働きを支えているとみなされます。
結果として、婚姻期間中に増えた財産は、半々で精算されることになります。
ここでは専業主婦の例にしましたが、夫婦双方に収入がある場合は、どちらの年収が上かは関係なく、二人で増やした財産を、同じ寄与度という前提で分けることになります。
財産分与の特徴 (1)
財産分与には次のような重要な特徴があります。
一つ目は、婚姻期間が長いほど、高額になり得るということです。
婚姻前までに稼いだものは特有財産であり、財産分与の対象になりません。婚姻後に稼いだものは共有財産であり、財産分与の対象になります。
ゆえに、婚姻期間が長いほど、財産分与の対象は大きくなります。
逆に、スピード離婚した場合、財産分与はほとんど発生しません。婚姻期間中に築いた共有財産が少ないからです。
財産分与の特徴 (2)
二つ目は、夫婦の収入格差が大きいほど、(その額だけを見れば)稼ぐ方にとっては損になり、稼がない方にとっては得になるということです。
婚姻期間中に増やした財産は、二人が同じ寄与度で稼いだものとみなされ、精算する時は半々になります。
これは収入ゼロの専業主婦であっても同じであり、50%の取り分が認められます。

興味深いのは、夫が経営する会社の株式が、財産分与の対象とされた事例です。
夫は婚姻後に、自分が株主となって不動産会社を設立しました。妻は会社経営には関与しませんでした。
そこで夫側は、妻は経営に参加していないので、会社の株式は財産分与の対象にならないと主張しましたが、裁判所はこれを認めませんでした。
経営に直接関与しなくとも、夫が経営に尽力できたのは、妻の支えがあったからだと判断されたのです。
このように、離婚による制裁は、専業主婦を養う夫や、ヒモ夫を養う妻にとっては、とりわけ厳しいものと言えます。
逆に、稼ぐ力がほぼ同等な共働き夫婦なら、養育費が必要となる子がいない限り、経済負担という意味では軽いことになります。
婚姻費用 フローの分割
財産分与と並ぶ、離婚による制裁の主役は、婚姻費用(いわゆるコンピ)です。
財産分与は、婚姻期間中に築いたストック(資産)の分割だとすれば、婚姻費用は、離婚が成立するまでに支払うフロー(収入)の分割です。
要するに、夫婦それぞれの生活水準を維持するために、その収入格差を調整する仕組みです。
これは事実上、別居の開始時から、離婚裁判の成立時までに、より稼ぐ側が、より稼がない側に対して支払う、毎月の生活資金と言えます。
婚姻費用は、「夫の所得・妻の所得・子供の数と年齢」という変数から、機械的に決まります。
どちらが悪いか、浮気したとか、暴力を振るったとかは、一切関係がありません。あらかじめ定められたテーブル表に当てはめて、淡々と算出されます。
婚姻費用が恐ろしいのは、離婚が成立するまで、延々と支払いが続くことです。
したがって、稼ぐ側からすれば、一刻も早く別居状態にして、離婚裁判を開始する必要があります。
一方、稼がない側からすれば、寝ていても毎月の固定収入が入るため、この状態をできる限り引き延ばそうとします。
よりを戻す気など全然ないのに、「本当は別れたくない」と嘘を吐いて、だらだらと離婚裁判を続ける傾向があります。弁護士がそうするように入れ知恵するからです。

恐るべき婚姻費用
公開事例の中では、なんと月額250万円が認められたケースがあります。
これは突出していますが、月額60~80万円クラスは散見されます。
生活資金として、これだけの額が必要だとは、私にはとても思えません。本当に懲罰司法の要素はないのか、と疑いたくなります。
高額所得者ほど地獄を見ることになりますが、受け取る側からすれば、これほど美味しい「債券」はないでしょう。
それでは、大衆レベルでは、どの程度の相場になるでしょうか。
ここでも話を分かりやすくするために、専業主婦に登場してもらいましょう。
夫は年収700万円、妻は収入ゼロ、養育費が必要な子が一人いる、という条件にします。
額面の700万円から、所得税・住民税・健康保険税を控除すると、可処分所得は約530万円ほどになります。
一方、別居中の妻子に支払う婚姻費用は、約180万円になります。
ざっくりと可処分所得の約3分の1ほどです。養育費が必要な子がいなければ、もう少し安くなりますが、これはなかなかの負担でしょう。
ただし、これは収入格差が大きく、夫に不利な想定です。夫婦が共働きで、かつ収入格差が少ないほど、婚姻費用は小さくなります。
恐ろしいのは、財産分与の場合と異なり、婚姻期間は関係がないことです。
たとえスピード破綻して、別居した場合でも、離婚が成立するまでは、延々と支払いが続くことになります。
裁判はだらだらと、年単位で続くのが普通であり、そう簡単には終わりません。
婚姻期間より、婚姻費用の支払い期間の方が長いという、悪い冗談のようなことも起こり得ます。
目指せ、協議離婚!

散々おどかしてしまったので、少しフォローしておきましょう。
幸いなことに、日本の離婚の9割は、裁判所を経ない協議離婚です。したがって、話し合いができる状態なら、泥沼にハマることは避けられます。
数字の上では、9割は重症を負わないのですから、早々に悲観する必要はありません。
危険なのは残りの1割、つまり夫が高額所得者であり、かつ話し合いができない程度まで、感情的に決裂している場合です。
この場合、稼ぐ夫は「自分が優秀な金づるになっている」ことを、極力早い段階で悟らなければなりません。
改めてになりますが、婚姻費用は「夫の所得・妻の所得・子供の数と年齢」という変数から、機械的に決まります。
どちらが悪いか、離婚の原因を作ったかは関係ありません。
仮に専業主婦が浮気して、夫婦仲が壊れたとしても、その事実は婚姻費用の算出に考慮されません。
慰謝料には考慮されますが、主役の婚姻費用に対して、慰謝料は脇役に過ぎません。納得できるバランスにはならないでしょう。
しかも、自分で離婚原因を作っておきながら、弁護士に入れ知恵されて、「反省している。やり直したい」などと、その気もないのに嘘を吐き、裁判を長引かせる可能性は十分あります。
長引けば長引くほど、固定収入が毎月入ってくるからです。弁護士も報酬が増えるので、迷わずそういう戦術を使ってきます。
罠にハマった場合
自分が危険なトラップにかかったと悟った時は、できる限り早く別居することです。
別居した時点で、「婚姻期間中に築いた共有財産」の増加は止まります。つまり、財産分与の対象を区切ることができます。
別居の判断が遅れると、たとえ家庭内別居でも、「婚姻期間中に築いた共有財産」は増え続けます。まずはこれを止めなければなりません。
また、別居期間は長いほど、離婚成立の理由として強くなります。長引けばそれだけ、復縁が難しいと判断されるからです。
したがって、離婚の意思が決まっており、かつ協議離婚が決裂しているのであれば、別居を引き延ばして得することは何もありません。
次に、できる限り早く、離婚を成立させることです。
これは言うまでもなく、婚姻費用の支払いを終わらせるためです。
日本は「調停前置主義」を採るため、裁判の前に調停手続が入りますが、これはほとんど期待できません。
高齢者のボランティアが務める調停委員に、いくら熱弁を振るったところで、残念ながら時間とお金の無駄でしかないでしょう。
なるべく早く、調停不成立という結果を出して、離婚裁判を始めるのが最良です。

スピード離婚の場合
結婚相談所を介した結婚は、スピード結婚・スピード離婚が多いという特徴がありました。
スピード離婚の場合、離婚コストはどのように影響するでしょうか?
まず、慰謝料が問題になることは少ないでしょう。
結婚相談所を介した場合、愛情を育んでいないのに、期待と要求だけで結婚して、期待外れだったから離婚するという例が大半です。
したがって、離婚原因としては、浮気や不倫より「性格の不一致」が多くなります。
家庭内暴力があった場合などは別ですが、基本的に慰謝料は問題になりにくいと言えるでしょう。
次に、財産分与がこじれることも、通常はありません。
スピード離婚だと婚姻期間が短いので、財産分与の対象になる「婚姻期間中に築いた共有財産」がそもそも多くないからです。
この点だけは、スピード離婚の良い点かもしれません。
問題となるのは、やはり「婚姻費用」の支払いです。
これは婚姻期間が関係ありません。再三で恐縮ですが、婚姻費用は「夫の所得・妻の所得・子供の数と年齢」という変数から、機械的に決まります。
スピード離婚であっても、夫婦に収入格差があれば、それが精算されてしまいます。
可能な限り、離婚裁判までもつれないよう、協議離婚を成立させるように努力するしかありません。
感情的に納得し難いのは重々承知ですが、完全に決裂して別居・裁判まで進むと、結果的には傷を拡げることになります。
参考文献
離婚コストについて詳しく知りたい方は、ぜひ「損する結婚、得する離婚(藤沢数希著/新潮社)」をご一読ください。
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