なぜ減塩ブームが起きたのか? 塩悪玉論の嘘

減塩ブーム ブログ

 「塩分を控えましょう」という言葉を聞いたことがない人は、おそらくいないでしょう。

 健康診断でも、食品パッケージでも、テレビの健康番組でも、減塩は正しい行動として繰り返し伝えられてきました。

 減塩の科学的根拠は、実は曖昧であるにも関わらず、なぜ減塩という「健康常識」が作られてしまったのでしょうか。

米国のミスリード

 ことの発端は1961年、米国ブルックヘブン国立研究所のルイス・ダール医師が行った実験にあります。

 ダール医師は、ラットの実験において、ある特定の体質を持つグループを人工的に作りました。

 具体的には、塩分を増やしても、血圧が上昇しにくい個体同士を交配して、塩に強い個体(塩抵抗性ラット)を作りました。

 また、塩分を増やすと、血圧が上昇しやすい個体同士を交配して、塩に弱い個体(塩感受性ラット)を作りました。

 そして、両方の個体グループに、高い塩分を含んだエサを与えて、その変化を観察しました。

 しかし、この塩分の量が異常であり、人間に換算すると1日あたり50~100グラムに相当します。

 日本人の平均的な1日あたり摂取量は約10グラムですから、その5~10倍という、食事としてはあり得ないレベルの量です。

 この高塩分食を食べさせた結果、塩に弱い個体(塩感受性ラット)のグループに、急激な血圧上昇や腎障害、脳出血などが生じました。

 一方、同じ高塩分食を与えた、塩に強い個体(塩抵抗性ラット)のグループは、その悪影響が遥かに穏やかでした。

 ダール医師の実験には、多くの突っ込みどころがあります。

 まず、何より量が異常であり、現実的な食事からかけ離れています。

 次に、わざわざ交配して、塩に弱い個体を作り、そのグループに高塩分食を与えているのですから、悪影響が出やすくて当然です。

 さらに、ナトリウムはカリウムと協働して作用するので、カリウムとの比率が重要であるにも関わらず、カリウムを一切考慮していません。

 そもそも、ダール医師の結論は、「塩分に対する反応には個体差がある」というものでした。

 つまり、「塩分は体に悪い」ではなく、「塩感受性の個体にとっては、高塩分食による悪影響がある」だったのです。

日本のミスリード

 日本における減塩ブームの発生には、1950〜70年代の状況が影響しています。

 当時の日本、特に東北地方は脳血管障害が多く、脳卒中による突然死がよく発生しており、秋田県など一部の地域では、脳卒中の死亡率が全国平均を大きく上回っていました。

 冷蔵庫が普及していなかった時代、東北では漬物・塩鮭・味噌汁などの塩蔵食品が食事の中心でした。

 1日の塩分摂取量が20〜30gを超えることも珍しくなく、現在目標値とされている量(成人男性7.5g未満)の数倍に相当したと言われます。

 ここで登場するのが、弘前大学の疫学者である佐々木直亮氏の研究報告です。

 佐々木氏は、東北地方の住民の食塩摂取量、血圧、及び脳卒中による死亡率を解析して、「塩分摂取が多い地域ほど、高血圧と脳卒中が多い」と結論しました。

 日本人を対象にしたデータだったこともあり、この報告が与えたインパクトは大きいものでした。

 実際にこの流れを受けて、全国的な減塩キャンペーンが始まります。

 東北地方では、味噌汁の塩分を減らすこと、漬物などの塩蔵食品を減らすことが推進されました。

 秋田県では、官民共同の脳卒中予防プロジェクトまで行われています。

 高い塩分摂取量と高い脳卒中死亡率が同じ地域で観察されたことは、「塩が原因ではないか」という直感的な仮説を生む土台になりました。

 この相関関係の認知が、後に「因果関係」として誤解されていく最初の一歩になります。

 科学的には「個体差・体質の問題」だった知見が、社会的には「塩は万人にとって危険」という単純なメッセージに変換されてしまったのです。

 後で分かったことですが、当時の日本に脳卒中が多かったのは、タンパク質が足りなかったことが重要な因子でした。

 特に米を多食する地域は、タンパク質の摂取量が少なく、その結果として血管が弱くなり、脳血管のような繊細な血管が破れやすかったのです。

 脳卒中には、脳血管が破れる脳出血(または脳溢血)と、脳血管が血栓で詰まる脳梗塞がありますが、当時の日本に多かったのは前者の脳出血です。

 この脳出血は、タンパク質の摂取量の増加とともに減っており、現在は食の欧米化による影響を受けて、後者の脳梗塞が増えています。

官とメディアのミス連携

 単純化による誤解は、誰かの悪意に基づいていたわけではありません。

 科学的に言えば、「塩に弱い体質の人は注意が必要であり、腎機能や発汗量、食事全体のバランスによって、適切な塩分量は異なる」となりますが、これでは行政の指針としてあまり機能しません。

 メッセージはシンプルで、大多数の日本人に適用可能で、かつ行動に直結するものであることが望まれます。

 「減塩しましょう」という一言は、その条件を満たしていました。

 複雑な真実より単純な行動指針の方が、政策としては役に立つのでしょう。

 脳卒中大国という汚名を返上するために、当時の官僚たちは単純な減塩を推奨しました。

 そして、これを社会全体に広めたのが、1970〜90年代に急速に発展した健康番組や健康雑誌でした。

 「塩分=危険」というメッセージは、テレビの健康番組にとって理想的なコンテンツになりました。それはなぜでしょうか?

 「敵」が明確で、視聴者が今日からすぐに行動できて、効果が数字(塩分量)で可視化できるからです。

 人間は「単一の悪玉」を見つけると安心する傾向があります。

 複雑な相互作用よりも、「これをやめれば健康になる」という物語の方が遥かに理解しやすく、記憶に残りやすいのです。

 科学的な知見を重視しない、空気や同調圧力に流されやすい、メディアが偏った情報を拡散するなどの点は、今も昔も変わっていません。

 減塩ブームが起きた後、脳卒中を起こす患者は減りました。あたかも減塩運動が上手くいったかのように。

 実際のところ、脳卒中が減ったのは、次のような事項の複合要因であり、減塩運動だけの成果ではないのですが、一見して減塩運動が「成功」したかのように映りました。

・冷蔵庫が普及して、塩蔵食品の必要性が薄れたこと。
・栄養状態が改善したこと。
・タンパク質の摂取量が増えたこと。
・野菜の流通がよくなり、カリウムの摂取量が増えたこと。
・衛生環境が向上したこと。

 これが誤った流れに拍車を掛けて、現在までだらだらと続く状況を生むことになります。

まとめ

 情報を整理しますと、まず戦後の日本には、脳卒中が多いという切実な問題がありました。

 そこに、ダール医師や佐々木直亮氏の研究報告によって、高塩分は高血圧につながるという、分かりやすい「証拠」が登場しました。

 これを受けて、当時の官僚たちが減塩運動を推奨して、メディアが「塩悪玉論」を増幅しました。

 その後、実際に脳卒中の患者が減ったため、あたかも減塩運動が「成功」したかのように映りました。

 これらが連鎖して、「塩=悪」というイメージが、社会に刻み込まれてしまったのです。

 歴史を振り返ると、脂肪悪玉論・糖質悪玉論・塩悪玉論など、単一の敵を設定する物語が繰り返し登場しています。

 それぞれに一定の根拠はあるものの、人体はそこまで単純ではありません。

 こうした極端な「健康法」を鵜呑みにすると、健康のためと思ってしたことが、逆に不健康になりかねないので注意したいところです。

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