遠洋漁業
遠洋漁業は、海という神秘を相手にする、命の危険を伴う仕事です。
その上、船という閉鎖空間の中で何日も過ごすことから、数ある業種の中でも特異な存在であり、使用される隠語にも独特の雰囲気があります。
その用語は、全国的に統一されているわけではありません。船・会社・地域によってかなりの差があり、船員の構成によっては外国語が混合します。
しかし、漁業という点では同じであり、表現は違えど根本は共通しています。
船ごとに独立世界という面があり、その中では奇妙な隠語が生まれることもあります。

サバる
サバのような小魚ばかりが大量にかかる状態。収益になりにくい操業を揶揄する言い方。
ex. 今日はサバってるなぁ…。
シケる
荒天になること。
ベタ凪
完全な無風・無波状態のこと。
ヤバ潮
潮流が強くて、操業が困難な状態のこと。
カモメ
船に乗せられているだけの存在、つまり戦力未満の新人を揶揄する言葉。
魚に例えて「ドンコ」と呼ぶことや、「荷物・半人前」などと表現することもある。
一方、ひと通りの過酷な作業を経験した者は、「洗礼済み」と呼ばれてレギュラー扱いとなる。
湯
お風呂のこと。
船上は真水が貴重であり、入浴は数日に1回のリラクゼーションとされる。
ex. 今日は湯があるぞ。
マグロの略称
キハダマグロは「キハダ」、メバチマグロは「バチ」、クロマグロは「クロ」など、マグロの種類によって省略して呼ばれる。
ex. 今回はバチが多いな。

デカ
大型のマグロをまとめて指す略称。
ex. デカが入ったぞ!(大物がかかった)
スレる
魚が警戒していて釣れにくい状態のこと。漁業効率が悪い時を「魚がスレてる」と表現する。
すじ(筋)
魚群の通り道。回遊ルートのこと。
魚が通らないポイントを「死に筋」、魚はいるが潮や時間などの影響で釣れない状態を「サボり筋」などと呼ぶ。
ハナ(鼻)
魚が集まりやすい海の境界・潮目のこと。好ポイント。
入れ食い
連続して釣れる状態のこと。
逆入れ食い
魚は釣れないのに、仕掛けばかり壊れる状態のこと。

釣れない時の自虐
魚が釣れない時は、「カラ」や「坊主(ぼうず)」などと表現する。
自虐的なブラックユーモアとして、次のようなフレーズがある。
海に奉納した。
今日はレジャークルーズ。
海の養分になった。
赤字ツアー。
帰らない仕事
しばらく陸に戻れない長期労働であること、及び命に関わる危険作業であることを、冗談込みで表した言葉。
逃げ場のない中長期の拘束を揶揄して、自虐的に「監獄船」と呼ぶこともある。
家出失敗組
陰のある乗船理由を皮肉って言う言葉。借金・言えない事情・流れなどで乗った人を、冗談混じりに指している。
海に吸われる
人・道具・時間が海に消えるニュアンス。事故・紛失を遠回しに表現している。
今日は海の機嫌が悪い
天候や潮はもちろんだが、それ以外にも現場全体が荒れている状態を指す。
最前線にいるプロは、言語化しにくい微妙な空気を肌で感じ取っている。経験的な具合の悪さを感じた時に、婉曲的に表現したりする。

上が言ったら終わり
船長判断は絶対という現実を意味する表現。
船長は「親方・上・神様」などと呼ばれる。危険な仕事であるゆえに、その上下関係は非常に厳しい。
機関が黙れば全員黙る
機関長の重要性を、冗談交じりに言う表現。
船のエンジンを担当する機関長は、船長とは別の絶対的存在であり、「心臓の番人・地下の王様」などと呼ばれることがある。
ここは陸じゃない
海においては陸の常識が通用しないこと、及び船内ルールは絶対であることを意味する。
一瞬の判断やちょっとした気の緩みが、船全体の運命を決めかねないことから、船内ルールを乱すことは禁忌とされる。
過酷な現場の自虐
海のフィットネスジム
荒天や揺れに耐えるだけでも辛い上に、仕事は重労働であることを皮肉った自虐表現。
筋トレやフィットネスと聞くと、なぜポジティブに受け止める人もいる。
強制サウナ
高温・湿気・閉鎖空間が合わさった状態を意味する自虐表現。
遮蔽物なしに太陽が照りつける環境は、その場にいるだけで体力を奪われる。
人生リセット
あまりに過酷すぎて、それまでの価値観が変わること。
監獄ツーリズム
逃げ場のない閉鎖空間、固定された人間関係、過酷な労働条件などを揶揄したブラックジョーク。
しばらく帰れないことを「ツーリズム」と表現したり、逃げ場がないことを「自然との共存」と表現したりして、微妙な救いを求めている。

海には逆らえない
神秘的な存在である海を畏怖する言葉。巨大な自然である海の前に、人間は無力であるという諦念を含む。
船長判断や作業停止の理由にされることも多い。
海の機嫌が悪い、海の言う通りにするしかない、海の気分次第など、似たような言い回しが複数ある。
魚はいたのに金がない
いざ陸に戻って精算した時、燃料や人件費などの操船コストが高い一方、魚の単価が安かったりして、利益が大して残らなかったこと。
海の貨幣である魚を、陸の貨幣である円を換金して、初めてその航海は完了するが、不確実性が高くて予測できない。
船長は海では航海主として、陸では経営者として苦悩する。
船員たちは、無事に生還したことや、過酷な環境から解放されたことで、手取りに少々不満があっても、喜んで居酒屋へ行ったりする。
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