マイケル・ジャクソンは、史上最も成功したエンターテイナーとして、ギネス世界記録に認定されています。
その圧倒的な功績と、世界的な影響力を讃えて、「King of Pop」と呼ばれます。
13のグラミー賞(38回のノミネート)をはじめ、世界各国で多くの賞を受賞しました。
また、生涯で推定5億ドル以上を寄付したことで、最も多くの慈善団体を支援したポップスターとして、これもまたギネス世界記録に認定されています。
マイケルは、心優しき音楽界の傑物でした。

繊細なポップスター
彼は世界屈指の成功を収めたエンターテイナーである一方、「成功と引換えに普通の人生を失った」「不幸なお金持ち」などと評されることがあります。
メディアによって歪められた情報が多く、今でも彼を誤解している人は少なくありません。
私もつい5~6年前まで、過去の報道を信じていた人間の一人でした。
マイケルの名前や、その代表作である「Thriller」、熱狂的なファンがいることは知っていましたが、洋楽やダンスに強い興味がなかったので、自ら調べて詳しく知ろうとは思わなかったのです。
私がマイケルに好意を持ったのは、音楽ではありません。
きっかけは彼の「話し方」でした。
英語なので内容やニュアンスはよく分からないのですが、彼が非常に繊細な人間で、優しい話し方をすることは理解できました。
私はHSP(Highly Sensitive Person/繊細さん)の傾向がありますので、いかにも繊細そうな人を見ると、性別・年齢を問わず惹かれてしまうのです。

マイケルが非常に純粋な、愛にあふれた人間であることを、私は彼の死後、随分と経ってから知りました。
そして、彼が受けた多くの仕打ち・裏切り・搾取、また彼を襲った事故などを思うと、「なぜそんな経験をしても、そこまで愛にあふれた人間であり続けることができたのだろう」と、驚いてしまったり、思わず尊敬してしまったりします。
マイケルはHSPだった?
HSPの傾向がある人は、感受性が非常に豊かであり、周囲の刺激や他人の感情に、敏感すぎるほど反応してしまいます。
良くも悪くも、普通の人が意識しない情報・刺激を拾ってしまうため、それが良く出れば、気配り・サービス・芸術などに優れますが、悪く出てしまえば、すぐ疲れたり、すぐ傷ついたり、人間関係を避けようとします。
これは病気ではなく、生まれ持った個性の一部なので、治す方法もなければ、治すべき対象でもありません。自分の一部として、生涯付き合っていく気質です。

HSPという概念は、エレイン・アーロン博士(米心理学者)が、1996年に出版した書籍で提唱しました。
欧米で普及したのは2000年代、日本で知られるようになったのは2010年代ですから、わりと最近のことです。
マイケルの絶頂期には、こうした概念は存在しなかったのですが、彼には次のように、HSPとの関連を示唆する関係者の証言が多くあります。
・非常に感受性が強く、小さなことで傷ついたり、他人の言動を長く気にしたりした。
・子供や動物に対する愛情が深い。
・群衆やマスコミによる、絶え間ない注目に疲弊して、苦痛を感じていた。
・音楽の制作中は、周囲が見えなくなるほど没入した。
・細かなリズム、音色、ダンスの動きまで、徹底的にこだわった。
・共感性が高く、慈善活動に熱心だった。
特異な環境要因
一方、マイケルには、次のような特異な条件がありました。
・幼少期に、父親から肉体的、精神的な虐待を受けた。
・若くして異常に成功し、極端な名声を得た。
・慢性的なストレスや、事故に起因する疼痛によって、薬物依存の状態だった。
・晩年は重度の睡眠障害だった。
こうした環境要因の影響も大きいため、HSPと断定することはできないのですが、可能性としては十分にあると思います。
アーロン博士によれば、HSPの比率は人口の15~20%だと言います。
もしマイケルにHSPの傾向があったとすれば、当時の約8割の人間には、そもそも理解されにくい性質だったことになります。

その上、通常ではあり得ない、極端な環境に置かれたわけですから、彼を深く理解できる人間は、周囲にはいなかったのではないでしょうか。
マイケルは強い孤独の中で、過剰な刺激や、人間の欲・悪意に晒され続けたのだと思います。
悲しい誤解
伝説的なスターだった彼には多くの誤解がありますが、その中でもとりわけ、多くの人に真実を知って欲しい「悲しい誤解」が二つあります。
一つ目は、「マイケルは白人になりたくて、肌を無理やり漂白した」という情報。
二つ目は、「マイケルが子供に対して性的加害をした」という情報です。
この二つは、どちらも事実ではありません。しかし、過去の私のように、洋楽やダンスに強い関心がなく、ただ報道を見ていただけの人は、未だに誤解をしている可能性があります。
特に二つ目は、マイケルを不当に貶める悪意ある情報です。
実際の彼は、逆恨みと金銭目的の裏切りで、深い傷を負った被害者でした。詳細を知ると、「人間はここまで醜くなれるのか」と嫌悪してしまうほどです。

尋常性白斑という病気
マイケルは「尋常性白斑/じんじょうせいはくはん」という、肌の病気を患っていました。
尋常性白斑は、皮膚のメラニン色素が失われていく、自己免疫疾患の一つです。
健常な皮膚であれば、メラノサイト(色素細胞)がメラニンを作って肌の色になりますが、自己免疫に異常があると、この流れが正常に働きません。
メラノサイトが攻撃されて、メラニンを作れなくなる結果、皮膚が白くなってしまうのです。
つまり、有色の肌を漂白したのではなく、色素が作れないために、最初から白くなるというわけです。
原因は今も解明されていませんが、他の自己免疫疾患に照らせば、食生活が一因として影響している可能性は高いでしょう。
遺伝的な要因や、精神的なストレスも影響しますから、はっきりしたことは分かりません。

尋常性白斑を発病すると、顔や体の各所に白い斑点が現れて、それが徐々に拡大していくことになります。
マイケルの場合、1980年代前半から、肌の色がまだらになり始めました。
当時はメイクや、テーピングなどで隠していたようです。
白斑が広がってしまうと、元々の黒い肌と混在して、見た目が非常に不自然になります。
そのため、当時のマイケルと彼の主治医は、残存色素を取り除いて全体の色調を合わせる手段を、選択をせざるを得なかったのでしょう。
マイケルは、「白人になろうとした」わけではありません。まだら模様を目立たなくするために治療したのです。
これは主治医の証言でもあり、死後に行われた検視で確認された事実でもあります。
黒人としての誇り
マイケルは、黒人であることに誇りを持っていました。
それは彼が黒人として、当時に根強く存在した差別を打ち砕き、グラミー賞を受賞したことにも表れています。
マイケルは白人に迎合などせず、圧倒的な成果を出すことで周囲を納得させて、音楽の歴史を変えたのです。
そもそも、彼ほど成功した人間が、白人におもねり、へりくだる必要がありません。

1979年に発表した「Off the Wall」は、全世界で2,000万枚以上を売り上げた、ポップとR&Bを融合させた歴史的名盤の一つとされます。
しかし、1980年のグラミー賞では、主要4部門にはノミネートすらされず、受賞したのは「最優秀男性R&Bボーカル賞」だけでした。
この結果に、マイケルは酷く落胆したと言われます。
1970年代は、ポップスは白人音楽、R&B・ソウルは黒人音楽という市場の区分けが、現在より遥かに強く存在しました。
したがって、ポップスとR&Bにまたがるマイケルは、やや微妙な立ち位置だったことは確かです。
しかし、Off the Wallの実績に照らせば、受賞の選定には人種的な偏りがあっただろうと、多くの研究者らが指摘しています。
苦汁を舐めたマイケルは、誰にも無視することができない、最高の作品を作ろうと決意しました。

こうして生まれたのが、伝説の「Thriller」です。
推定7,000万枚超の売上げ、7曲ものシングルカット、革新的なミュージックビデオなど、まさしく前例のない成功を収めました。
圧倒的な結果を引っ提げて、1984年のグラミー賞では、年間最優秀アルバムを含む計8部門を受賞しています。
黒人として、音楽界の差別を正面からぶち抜いたのです。グラミー賞の歴史を変えた瞬間でした。
幼少期のトラウマ
なぜ、マイケルは「白人になりたかった」と誤解されたのでしょうか。
その一因は、彼が整形手術を繰り返していたことにあります。
マイケルは幼少期、父親から容姿を頻繁にからかわれて、それがトラウマのようになっていました。
特に「でかっ鼻」と繰り返し言われたことに傷付き、後年になって病的なほどに、鼻を整形手術することになります。
生来繊細であるマイケルが、誰しも敏感になる幼少期・思春期に、父親から精神的虐待を受けたことは、彼のその後の人生に大きな影響を与えました。
マイケルは、自分のトラウマをどうにかしたくて、整形手術を重ねたのですが、そのせいで「肌も人為的に操作した」と誤解されてしまったのでしょう。
私たちが子供に投げかける言葉は、本当に注意しなければなりません。
つづく。
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