鬼滅の刃 鬼とドラキュラ (1)

鬼とドラキュラ (1) その他

キメツの偉業

 「鬼滅の刃」は、日本の漫画史・アニメ史において、歴史を変えた作品の一つです。

 週刊少年ジャンプ(集英社)において、吾峠呼世晴(ごとうげ こよはる)氏が、2016~2020年にわたり連載しました。

 最大の特徴は、短期間で爆発的な社会現象を起こしたことです。

 完結まで約4年、全23巻であり、ドラゴンボール・NARUTO・ONE PIECEなどと並ぶ伝説的な作品としては、かなり短い方になります。

 小学生から高齢者まで親しまれ、ほぼ全世代が同じ漫画・アニメを見るという、非常に珍しい事象が起きました。

 オリコンのコミック週間ランキングで、1~10位すべてを「鬼滅の刃」が独占したという、異常な週もあったほどです。

 発行部数は全世界累計で、約2億2000万部を突破しています(2025年8月時点)。

 全23巻ですから、これは1巻あたり平均約950万部という、驚異的な数字になります。

 映画「無限列車編」の成功も歴史的であり、国内興行収入で歴代1位となって、「千と千尋の神隠し」の記録を約19年ぶりに更新しました。

 当時はコロナ禍によって、外出自粛が叫ばれていたことを考えると、この偉業はいっそう輝いて見えます。

鬼とドラキュラ

 鬼滅の刃というタイトル、そして鬼と呼ばれる敵キャラを、私たちは当然のように受け入れていますが、ここはよく考えると実はおかしかったりします。

 鬼滅の刃に登場する鬼は、伝統的な「鬼」というより、西洋の「ドラキュラ」に近いからです。

 私の理解では、鬼滅の刃は「ドラキュラ的な魔物を、日本の仏教観に上手く融合させた作品」であり、この点が国内外の人々の琴線に触れた一因ではないかと感じています。

伝統的な鬼とは?

 日本の伝統的な鬼と言えば、次のようなイメージですが、鬼滅の刃の鬼にこうした特徴はありません。

・頭に角があり、金棒を持っている。
・虎皮のふんどしを巻いている。
・閻魔に仕える地獄の獄卒。
・鬼ヶ島や山奥を根城にする怪物。
・人間より大柄な体躯。

 人間を食べる点、怪力である点は、鬼滅の刃の鬼と共通していますが、それ以外の重要な特徴、たとえば次のようなものは当てはまりません。

・血を与えて増殖する。
・太陽が弱点。
・再生能力が高い。
・寿命が非常に長い。

 これらは伝統的な鬼ではなく、ドラキュラの性質に近いものです。

生まれつきの鬼か?

 伝統的な鬼は、元来「人間とは別種の妖怪・魔物」として描かれることが多く、元人間が鬼になる例はそれほど多くありません。

 たとえば、次のような有名な鬼は、最初から鬼として登場します。生まれつき怪物という設定です。

・酒呑童子
・茨木童子
・温羅(うら)

 一方、鬼滅の刃の鬼は元人間であり、それぞれが何らかの悲しい過去を持っていたりします。生まれついての鬼ではありません。

人間社会に溶け込むか?

 伝統的な鬼は、人間社会に溶け込むことがありません。

 人間とは明らかに異質な存在として、「鬼ヶ島・山奥・地獄」のような特別なエリアに棲んでいます。

 一方、鬼滅の刃の場合、総帥・鬼舞辻無惨(きぶつじ むざん)が浅草を歩いていたり、堕姫(だき)が花魁(おいらん)として遊郭で暮らしていたりと、鬼が人間社会に溶け込んでいます。

 伝統的な鬼と異なり、そこには「隣りの人が鬼かもしれない」という恐怖があります。

増殖するか?

 伝統的な鬼は、増殖する(仲間や配下を増やす)ことがありません。

 鬼に傷付けられたり、噛まれたりしても、その被害者が感染して鬼になったりはしません。

 これに対して、鬼滅の刃の場合は、鬼舞辻無惨が血を与えることで、配下の鬼が増殖していきます。

 ただし、配下を増やすのは無惨に限られており、ほかの鬼たちは、たとえ上弦の鬼であっても、血を与えて増殖することはできません。

太陽の光で滅ぶか?

 鬼滅の刃の鬼が、ドラキュラ的な性質を持つことは、物語の要になっています。

 特に、高い再生能力を持つ鬼が、日光によって滅ぶ点は、全編を通して鍵となる特徴の一つです。

 総帥・鬼舞辻無惨の討伐も、様々な要因があったとは言え、最後の決め手になったのは太陽の光でした。

 鬼殺隊は、最高位の柱たちが束になってさえ、圧倒的な無惨を倒すことができません。

 命を賭けて時間を稼ぎ、仲間が次々と戦死または重症を負う中で、朝陽が昇るまでなんとか無惨を足止めしました。

日輪刀

 鬼を滅ぼす手段は、太陽の光のほかに、日輪刀で首を落とす方法がありますが、この日輪刀もまた、太陽と深い関係があります。

 日輪刀は、次のような「陽の光を吸収し続けた鉱物」で作られるからです。

・猩々緋砂鉄(しょうじょうひさてつ)
・猩々緋鉱石(しょうじょうひこうせき)

 これらは一年中、太陽がよく当たる山で採掘される鉱物であり、刀が太陽に最も近い金属という設定になっています。

 日輪刀を製造する「刀鍛冶の里」は、鬼殺隊のメンバーにすら秘匿される極秘扱いとされていますが、これは仮に刀鍛冶の里を失えば、鬼殺隊が壊滅することを意味したからです。

ジョジョとキメツ

 鬼滅の刃の鬼とよく似た怪物を扱った、先輩格の漫画があります。

 それは「ジョジョの奇妙な冒険」の第1~2部です。

 同作品は、第3部のスタンドで爆発的にヒットしたので、第1~2部はやや影が薄いのですが、ここに登場する吸血鬼は、ドラキュラ的な性質を強く持っています。

太陽の光と波紋法

 最大の共通点は、敵に高い再生能力があることと、滅ぼす手段が太陽の光ということでしょう。

 ラスボスであるディオは、元々は人間でしたが、石仮面によって吸血鬼になりました。

 主人公のジョナサン・ジョースターは、ツェペリに師事して「波紋法」を習得し、吸血鬼と戦いました。

 波紋法は、波紋という太陽と同じ性質のエネルギーを吸血鬼に流し込むことで、大ダメージを与える攻撃手段です。鬼滅の刃における日輪刀に相当します。

 作中では「吸血鬼は、太陽光によって灰になる」とされています。

 太陽が吸血鬼の最大の弱点であり、太陽エネルギーを利用した波紋法が、最も有効と言える戦闘スタイルでした。

 また、ディオは石仮面を使うことで、配下となる吸血鬼を増やしました。鬼舞辻無惨がその血を与えることで、配下の鬼を増やしたように。

 ジョナサンの子・ジョセフの代になっても、こうした基本構造は変わりません。

 次のように、ドラキュラ的な特徴が多く当てはまります。

・敵は元人間である。
・石仮面によって増殖する。
・太陽(または太陽エネルギー)が弱点。
・再生能力が高い。

善悪の二項対立

 基本設定に多くの共通点がありながら、ジョジョが与える印象と、鬼滅の刃が与える印象は大きく異なります。

 それはなぜでしょうか?

 ジョジョにおいては、キリスト教的な世界観、つまり一神教がベースにあるのに対して、鬼滅の刃においては、仏教的な世界観、つまり多神教がベースにあるからだと、私は考えています。

 ジョジョは、絶対悪である難敵に立ち向かい、知略・心理戦を通じて、どうにかこれを撃破するという、人間の可能性を描く物語でした。

 読後に残りやすい印象は、勧善懲悪と勝利のカタルシスです。

 そこには善と悪・神と悪魔・人間と吸血鬼という二項対立が、分かりやすく存在します。

ドラキュラ meets 仏教

 一方、鬼滅の刃は、人間が抱える悲しみや執着を描き、それを乗り越えようとする物語です。

 鬼は生来の絶対悪ではなく、元人間が何らかの事情によって、ダークサイドに落ちた結果です。

 鬼の討伐は、必ずしも勧善懲悪を意味しません。むしろ、討伐によって執着から解き放たれ、安らかに成仏するという慈悲の一面があります。

 読後に残りやすい印象は、喪失や救済の余韻です。勝利というより、解放に近かったりします。

 なぜここまで違うかというと、「ドラキュラ meets 仏教」だからです。

 そこに更に、日本の剣技と武士道が加味されて、次のような絶妙な組み合わせになっているのです。

・西洋のドラキュラ
・東洋の仏教観
・日本の剣技と武士道精神

 つづく。

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