塩抜きの刑 塩を奪われた者の末路

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塩分を奪う拷問

 「塩抜きの刑」という言葉をご存知でしょうか?

 これは牢の囚人に、塩分を与えないという一種の拷問であり、江戸時代の刑吏が行っていたとされます。

 江戸幕府の刑法として、このような罰があったのかは不明確であり、裏付けとなる資料はないのですが、司馬遼太郎氏の小説にも登場しますから、おそらく現場レベルでは、尋問において実行されていたのでしょう。

 なぜ塩分を与えないことが、拷問になったのでしょうか?

 それは人間の生理活動に塩分が必要不可欠だからです。

 人間は、神経や筋肉を動かすためにナトリウムを使いますから、これが枯渇すると神経伝達が悪化して、血圧が下がる、頭が回らない、力が抜ける、無気力感を覚える、感情が鈍るなどの症状が現れます。

 重度になると、錯乱や痙攣(けいれん)、意識障害まで起こしますから、塩分枯渇は非常に恐ろしい事態です。

 これらは現代医学においては、低ナトリウム血症として知られています。

 江戸時代の刑吏たちは、塩の効能を経験的に理解しており、これを囚人の尋問に利用していたのでしょう。

 つまり、囚人に塩分を与えないことで、反抗する気力が失せる、考える力が鈍る、希望が薄れていく、判断力が低下するなどの状態を作り出します。

 そうすると、囚人が自棄(やけ)になったり、我慢が効かなくなったりして、自白しやすくなったという訳です。

 体を痛めつける拷問ではなく、心を折るタイプの崩し方です。

 おそらく塩抜きだけではありません。当時は今のような人権の概念がありませんから、拘禁・栄養失調・脱水・孤立・睡眠阻害なども併用されたことでしょう。

 ここで言いたいのは、塩は「人間の体と心」を支える大きな要素の一つである、ということです。

 塩分を奪われた者は、体調を崩したり、心が折れたりします。

塩は軍事インフラだった

 兵站(へいたん/補給線のこと)の概念は、今でこそ常識に近いですが、過去の軍隊では重きを置かれていませんでした。

 大東亜戦争における日本軍も、兵站に対する意識が希薄だったことが、敗戦した大きな理由の一つと言われますから、「兵站こそ生命線である」という考え方が常識になったのは、思う以上に最近のことのようです。

 過去においては、干し肉、塩漬け魚、漬物などの保存食が極めて重要でした。

 塩がなければ食料を保存することができず、したがって軍隊を動員することはできませんでした。

 兵糧に直結するのですから、塩なくして軍事行動は成立しません。

 人間の生理活動に欠かせない塩は、国家維持に欠かせない資源であり、同時に軍事インフラでもあったのです。

 実際、ある国が他の国に侵略して、これに勝利した場合、真っ先に行ったことの一つは「塩田の制圧」でした。

 塩田に加えて、港湾、河川、水源、穀倉地帯、鉱山なども優先的に狙われました。これは世界史に共通する傾向です。

 現代であれば、中央銀行、放送局、発電所、ダム、石油貯蔵庫などを狙うのでしょうが、それらに匹敵するレベルの重要資源だったということです。

 国家は当然ながら、塩の管理を重視しており、これを政府が掌握することで、財政及び軍事の柱としていました。

 特に有名なのが、中国の歴代王朝による「塩鉄専売」です。塩税は千年以上にわたり、その時代の政府の巨大財源として機能しました。

 中国だけでなく、他の多くの国において、塩は支配と搾取の象徴であり、塩に手を出すことは反政府活動とみなされていました。

ガンジーは塩を求めた

 インド独立を指導したマハトマ・ガンジーの名を知らない人はいないでしょう。

 非暴力・不服従で有名なガンジーですが、彼が率いるインド人たちの独立運動は「塩」を求める闘いでした。

 イギリスの植民地政府が、塩の生産・販売を独占して、塩に重税をかけたことは、貧しい人々からもお金を巻き上げる搾取として、インド人の怨嗟を集めていました。

 塩は人間の生理活動に欠かせない栄養であり、それは富裕層も貧民層も関係がなく、ヒンドゥー教もイスラム教も関係がありません。

 そこでガンジーは、誰もが必要とする「塩」に着目し、これを一大テーマとして掲げることで、無数のインド人たちを独立運動に巻き込んだのです。

 しかも彼は、軍事力では遠く及ばないイギリス軍に対して、「非暴力・不服従」を貫く姿勢を見せることで、国際世論を味方につけようと画策していました。

 無欲な宗教家というイメージがあるかもしれませんが、このあたり相当にしたたかと言えるでしょう。

 ともあれ、1930年に彼が率いた「塩の行進」は、インドの独立を実現するための重要な転換点になりました。塩が大国の歴史を動かしたのです。

戦後日本に課された「塩抜きの刑」

 インドの話は決して他人事ではありません。なぜなら、戦後の日本人にも現代版「塩抜きの刑」が課されたからです。

 それは、塩分そのものを奪われたのではなく、自然塩を奪われた(現在から振り返れば)事件でした。

 塩化ナトリウム以外の「ミネラルを奪われた」と言ってもよいかもしれません。

 1971年の伝統塩田の全廃から、1997年の塩専売法の廃止、及び塩事業法の施行まで、日本人は不自然な精製塩しか入手できない状況に置かれました。

 江戸時代の元祖塩抜きの刑に比べれば、だいぶ穏やかとはいえ、この現代版塩抜きの刑が、日本人の体調に及ぼした影響は計り知れません。

 食の欧米化、食の工業化、薬物医療などが蔓延したことと相まって、急激に慢性疾患が増える社会になってしまいました。

 1997年以降は自然塩が解禁されましたが、同時期に起きた減塩ブームによって塩は悪者扱いされてしまい、その誤解は今だに消えていません。

 その意味では、現代版塩抜きの刑は、なお続いていると言えます。

歴史的な流れ

 歴史的な流れを整理しておきましょう。

 1905年(明治38年)、日本政府が塩の生産・流通を管理する「塩専売法」が制定されました。

 主な目的は日露戦争の戦費調達であり、この時点ではまだ、海水から作る自然塩が生産されていました。

 海水は生命の起源ということもあり、人間を含む生命体にとって、必要なミネラルが過不足なく含まれています。

 したがって、海水から作る自然塩は、塩化ナトリウムのほか、マグネシウム、カルシウム、カリウムなどの多様なミネラルから構成されています。

 この時点では、国民の税負担ではあったものの、健康上のデメリットはありませんでした。

 問題は、1971年に行われた伝統塩田の全廃です。

 これによって、日本人は自然塩を入手できなくなり、政府が販売する精製塩しか買うことができなくなりました。ここからじわじわと健康被害が広がっていきます。

 精製塩は同じ「塩」と言っても、自然塩とは似て非なるもの。その成分は99%以上が塩化ナトリウムであり、それ以外のミネラルをほとんど含んでいません。

 やや刺激的な言い方をすれば、塩の体裁をした工業製品、あるいは不自然塩です。

 栄養素はチームで作用しますから、チームメンバーの一部が削ぎ落とされてしまうと、摂取しても意味がありません。有効に活用されにくくなり、十分働くことができなくなります。

 車で例えるなら、車体やタイヤ、エンジンなどはあっても、シャフトやネジなどがない状態です。これでは車として機能しません。

 伝統塩田の全廃は、現在の知見からすれば、日本人を痛めつける政策であり、その点からGHQ(戦後に日本を統治したアメリカの組織)の陰謀ではないかと疑う説がありますが、それはおそらく考え過ぎです。

 当時の日本には、精製塩を選好する理由がありました。

 最も大きな要因は、工業的な効率の良さでした。

 均一な品質で大量生産しやすい、輸送や保存がしやすいという特徴は、塩を全国に安定供給する上で重要な利点でした。

 また、工業の発達には、高純度の塩化ナトリウムが求められます。

 苛性ソーダ、塩化ビニール、塩素などは、不純物が多いと工業効率が落ちてしまいます。

 敗戦による荒廃から立ち直り、工業的に飛躍する時期にあった当時の日本において、こうした工業効率の良さは、選好する理由として強いものでした。

 また、伝統塩田で塩を生産するには手間がかかります。特に日本は湿気が多いため、天然天日の塩づくりには適していません。

 一方、高温乾燥の地域にある外国は、海水を放置しておけば安価に塩を生産できるため、国際競争で負けてしまうという事情もありました。

 そして、今でこそビタミン・ミネラルに対する意識が高まりましたが、当時の栄養学はそのような知見に欠けていました。

 こうした諸々の事情から、伝統塩田は全廃されてしまったのですが、それは結果的には、26年間にわたり日本人を苦しめることになりました。

 1997年(平成9年)、塩専売法が廃止されて、塩事業法が施行されたことで、国産の塩の製造・販売が自由化されました。

 これによって自然塩が解禁されて、現在と同じ状況になります。

 しかし、26年間もの間、生産を禁じられたこと、並びに同時期に起きた減塩ブームによって、自然塩の作り手たちは激減してしまいました。

 歴史的に極めて重要な資源であり続けた塩と、その生産に関わる人々を、政府自らの手で損なったのです。

自然塩は健康の要

 食事で病気にさせて、薬物医療で完治させずに稼ぎ続けるというマッチポンプビジネスは、売り手から見れば極めてよく出来た集金システムです。

 私はひと頃、減塩ブームは仕掛けられた愚民化工作ではないかと疑った時期がありますが、単に巨大な利権から財を生むための下地の一つなのかもしれません。

 工業食と薬物医療はあまりにも普及し、あまりにも多くの利害関係人を作りました。

 残念ながら、私たちが生きている間に、人間の健康を換金するシステムが是正されることはないでしょう。

 個人レベルで可能な対策をとって、できる限り自衛するしかありません。塩に対して理解を深めることは、その大切な一部だと思います。

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